「私」はどのように長編を書いているのか?

面白ければ良いんだ。
面白ければ、無駄遣いではない。
子供の砂遊びと同じだよ、面白くなかったら、誰が研究なんてするもんか。

冷たい密室と博士たち/森博嗣

※これは「創作論」でも「あるべき論」でも「指南書」でもなく、「私」がどのようにして長編小説を書いているのかを整理するための文章です。長編が書きたいのに最初の一歩がわからない、という人には参考になる可能性があります。


【前提1】「私」とは?

名前は「吉野茉莉(よしのまつり)」です。
高校生くらいから小説を書き始め、年単位のブランクを挟みながら今に至ります。インターネットに小説をアップロードしていたところ声をかけられ、2014年に「藤元杏はご機嫌ななめ」で商業デビューをしました。その他、2016年に「トクシュー! ‐特殊債権回収室‐」を出版しています。以降は労働に潰されながらゆるゆると小説をたまに書きカクヨムにアップをしています。現時点で「長編」と呼べるものの総合計文字数は130万文字程度ですので決して多い方ではないと思います。

【前提2】なぜこの文章を書こうと思ったか

最近少し余裕ができてきてまた執筆を再開できるかなと思ったので、自分が今まで行っていたルーティンを再確認するためです。
ここで言う「長編」とは、10万文字程度を一区切りにしたものを指します。シリーズ化されるのであればそれ以上になることもあります。
また今回記述する長編の書き方は一部のウェブ小説のような「ネットにアップしつつ続きを書く」方式には対応していません。

ここからが本編です

1.方向性を決める

「ジャンル」あるいは「こんな作品みたいなの」を頭に浮かべます。具体的な作品名が上がったとしてもどうせ練り出したら変わっていくので気にしません。ここで浮かんだキーワード等をいくつか組み合わせて、かなりふわふわとした方向性を決めます。最近だと「現代」「ファンタジー」「異能とか魔法とか特殊な道具が出てくる」「中学男子が主人公」「ややビターエンド」「上遠野浩平っぽい」などで作りました。この段階で、「主人公」の年齢、性別、大まかな性格、を考えておくとあとが楽になります。

2.資料を集める

すでに資料が揃っている、そもそも知識がある、特別な知識を必要としない、それらの場合は省略します。インターネットで検索したり、ウィキペディアを見てそこの参考資料にある本を手に入れたりします。「トクシュー! ‐特殊債権回収室‐」は金融犯罪を中心とした物語だったので、元々持っている会計の知識以外に、関連図書を20~30冊ほど集めました。

3.あらすじ(梗概)を書く

プロット「以前」の状態です。
大体1,000文字くらいでこんな感じになるなと思いながら書きます。文章がメチャクチャでも飛び飛びでもかまいません、ここは誰も見ることのない部分ですが、人にどんな話って聞かれたときに言える程度をイメージするとよいと思います。
大切なのは、頭の中に留めず随時文字として「表=脳の外」に出すことです。
なぜ「表」に出すのか、それはその行為自体が「進捗」とみなせるからです。
「進捗」は脳にいい、これを覚えておきましょう。

4.キャラクターシートを作る

私はいわゆるライトノベル、あるいはキャラクター小説と呼ばれるものを主にしているのでシートを簡単に作ります。キャラクターを脳内から書き出すためのもので、「名前」「性別」「身長および体格」「年齢および見た目」の他、「描写する上で他のキャラクターと被らない要素」を中心に書きます。たとえば(口)癖、話し方、他キャラクターへの接し方、譲れない信条、などです。反対に今回は特に必要ではないなと思ったら、誕生日や血液型なんかは書きません。本編を書くときはここで書いた癖などを適宜いれるといいです。ガチガチにキャラクターを作りこんでもいいですが、本編を書いていくうちに揺らいでくるのでそこまで詳細には書いていません。小さなことでも書いておくとあとで本編にちょっとしたこととして挿入したとき読者がキャラクターに親しみを持ちやすいので悪いことではありません。私はキャラクターシートのテンプレートは作っていないので作ってみてもいいかもしれません。今後の課題とします。
ちなみに私は不健康そうに目にクマを作って死んだような顔で喋るキャラクターが好きなようです。
繰り返しますが「文字にする」ことが大事です。
「進捗」は脳にいい、本当に大事なので繰り返します。

5.プロットを作る

おそらくここが最難関作業です。
まず、全体を五章に分割します。それに「プロローグ」「エピローグ」を足します。私は「プロローグ」と「エピローグ」を本編主人公とは別の人間、別な時間軸で語らせるパターンをよくやります。
五章を仮に「起承転結」で表現すると、「起、承、転①、転②、結」です。
転①でいったん物語が落ち着きを見せ山が盛り下がる「かと思いきや」でもう一度大きな山を作るのが転②とします。
分割をしたら、ひたすら物語の流れを文章、もしくは箇条書きでどんどん書いていきます。ここはどうしても入れたいシーン、などがあればそれも書きますが、原則的には「会話」のやり取りについては本編を書くときに入れればいいやという気持ちで入れず、感情的な流れ、というよりは、物理的な物語の進行を書きます。AがBをする、Cに行く、Dを使う、Eと戦う、などです。これを「物語全体の想定文字数の10%」(10万文字の長編であれば1万文字)に達するまでは書きます。そうすれば「行動」の面ではおおよそできあがったとみなせます。最低でもこの段階で物語が矛盾しないようにしましょう。
ちなみに最新作では結果、起承転転転結みたいになり、全六章になりました。こういう調整も行います。実際に何作か書いていれば、この量なら確かに10万文字だなという感覚を得ることができるようになります。

6.実際に書く

自分が使っている執筆用のエディタを起動します。
私は一太郎を使い、縦書きで42文字×17行のスタイルにしています。

このような感じです。

プロットで書いたものを本文に貼り付けます。
するとどうでしょう、もう10%を書いたも同然になります。
貼り付けられたプロットを見ながらその部分を書き上げたら、プロットの方を削除します。これをプロットパーツがなくなるまで続ければ執筆が終わります。
このシステムのメリットは、「どこから書いてもいい」ということに尽きます。物語の最初から書いて序盤で詰まってしまうくらいなら、書きやすい、今書けるところを優先して書きます。文字数が増えること、それは「進捗」なので、当然「脳」にいいです。
私は「執筆管理表」というExcelを作成して、そこで諸々を管理しています。
書き方はタイマーを起動して「30分」「1セクション」として集中して書き(特にXを見ない)、30分経ったら一文の途中でも手を止め、管理表にその30分で書いた文字数とページ数を記入します。
実際に使っている管理表は以下のようになります。

執筆管理表です

「書いた文字数」と書きましたが、実際には「現時点の文字数」をE列に入れることで差をF列に表示しています。
H列には最初に想定した文字数(今回は11万文字)を入力しておいて、現時点での文字数との差が表示されるようにしています。
I列は「セクション残」と呼んでいるもので、これまでのペースを平均して維持した場合、「あと何セクション」で書き上がるのかが表示されます。1セクションは30分なので、セクション数/2が執筆完了に必要な想定時間になります。
G列はこのセクションでの時速、M列はこれまでのを加味した時速、が表示されますが、これは確かにそういうものだなと思うくらいであまり重要視はしていません。セクションとセクションの間の休憩時間は考慮されていないので、連続してセクションを継続する想定はされていません。とりあえず、「30分」を一区切りとしているだけです。ポモドーロといわれる「25分集中して5分休んでまた25分集中する」という作業法がありますが、自分の場合はセクションとセクションの間は1時間あったりするのでポモドーロではないですし、今なら30分書ける、という気持ちになったら1セクション取り組む、という姿勢です。
表を見ると、今回は11万文字を87セクション、つまり、43.5時間で書いたことがわかります。他の管理していた作品でもそれほど乖離はしていないので、私は100セクション、50時間前後で10万文字の作品を書き上げる、というのが自分の平均だと認識しています(今回はちょっと速かった)。Excelで統計を取ると自分がどの程度の力(ここでは執筆速度)を持っているかが可視化され、作品を重ねるごとに先が見通せるようになります。先が見通せるのも大変に「脳」にいいです。
このシステムのデメリットは「どこから書いてもいい」の対になる「後半にいくほど辛い部分を書くことになる」です。書きたいところ、書けるところを優先して書いていったのでこれはもう仕方ありません。すでに書かれている数万文字を見て、ここまで来たら終わらせるしかないんだとホラーの最後で元凶となったヒロインに銃を向ける気分にでもなって書きましょう。なお、最新作は2019年に「どこから書いてもいい」をやった結果、優先的に6万文字を書いたところで息途絶え、そのまま病に臥せっていて、2023年末に5万文字を書いてようやく引き金を引くことができました。やはり万能な方法ではない。

7.修正をする

ここは二つの役割があります。
①物語に整合性が取れているか
②誤字脱字があるか
①→②の順でやります。
①物語に整合性が取れているか
「書きたいところから書く」という方法を採用したため、細かなところで齟齬が発生する可能性が高いです(この方式を選んだ宿命を受け入れろ!)。たとえば一章でメガネをかけていて、二章でメガネを外したのに五章でなんの断りもなくメガネをまたかけている、などといった細かい部分から、最悪序盤で倒した敵が終盤にもいるなどいった結構大きな部分もあります。この書き方では慣れるまでそういったことがおきます。完全にプロットどおりに書ければ避けられるケースも多いですが、それでもしばしば発生してしまいます。
修正方法は何度も何度も頭から読み返して違和感がないか確認するだけしかありません。かわりに読んでくれる友達がいれば頼むのもよいでしょう。
②誤字脱字があるか
これも直し方は①と同じです。誤字脱字の他、表記揺れ(メガネ/眼鏡)なども見ます。一太郎のように簡易校正ツールがあると便利だと思います。

8.公開する

やれることは終わりました。
あとは公募に投稿するなりウェブにアップするなりしてください。
プロローグをアップする時点で完結しているので、エタる心配がないのがよい点です(作者にとっても読者にとっても)。

【番外編】文章が確実にうまくなる方法

こっそりお伝えします。
まずエディタを起動します。
好きな本を用意します、たくさんある場合は文体やリズムが好きだと思っているものにします。短編の方がいいかもしれません。
その本を傍らに置きます。
それを見ながら、一字一句間違えないように気をつけてエディタに打ち込んでいきます。なるべくなら口にも出します。余力があれば、なぜこの語彙なのか、なぜこの句読点のリズムなのか、なぜこの語順なのか、を考えながら行います。
これを執筆していない期間に行います。
あまりに文章の癖が強い作家の場合、直後に書いた文章がコピーのようになるかもしれませんが、そういうときは他の作家も混ぜてください。
ただこれだけです。
これを写経と呼びます。
短期的な効果もありますし、続ければ自分の血肉になります。
絵のレッスンで模写があるなら小説にもあるということです。
必要なのは「好きな本」と「時間」だけです。
こんなにシンプルで強力な方法が流行らない理由は、単純に「かったるい」からです。
あなたが自分の文章力に不安を感じていて、この作業を「我慢」できるのであれば効果はほぼ確実にありますのでオススメします。
私もこれからやります。

最後に

私は「書き上げる」ことで経験値が溜まりレベルアップするという信仰を持っているので、同じ信仰を持っている方はどんどん書き上げていきましょう。

ついでに告知

「現代」「ファンタジー」「異能とか魔法とか特殊な道具が出てくる」「中学男子が主人公」「ややビターエンド」「上遠野浩平っぽい」
で書いた新作長編がカクヨムで公開されています(2024/01/19更新完了)。
お時間ありましたら最初の三話だけでもお読みいただければ幸いです。


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