自然との共生を図るマタギに密着したワクワクドキドキ体験記

 猪俣昭夫さん(1950年生まれ)は、江戸時代より前に奥会津・金山町の三条地区に移り住んだ旅マタギの系譜を継ぐ最後の一人。身長185㎝の長身。すらっと伸びた長い脚。高倉健を彷彿させる男前。流行の服を着せればモデルのようであり、ダークスーツを着せれば大会社の重役のようにも見える。マタギという言葉からイメージする風体と、猪俣さんのそれとはまったく異なる。
 初めて会ったのは2016年2月のこと。雪に埋もれた奥会津の丸太造りの食堂で、地酒を飲んでいる私を相手に、猪俣さんはコーヒーを飲みながら山のこと、クマのこと、日本ミツバチのことなどを問わず語りにあれこれ話し聞かせてくれた。
「日本ミツバチが山の木、花、植物の受粉を手伝うことでいろんな実がなる。いろんな昆虫が受粉を手伝っているけども、その代表選手が日本ミツバチなんです。なった実をクマが食べ、山の中を歩き回り、あちこちで糞をして種をばらまき、植物を増やしている。なもんで、植物の多様性が世界一ともいわれる日本の森はミツバチとクマが作っていると思っているんです。
 そういう自然を守るためには、都会の人にも自然ってヤツを理解してもらうことが必要で、でも言葉で話しても伝わらないことが多いので、できるならば都会の人に来てもらって、自然に触れて、自然を感じてもらうのが一番だと思っていて、マタギとしてそいうことの手伝いができるといいなと思っているところです」
 この猪俣さんの言葉を聞いて、猪俣さんに手伝ってもらって奥会津の自然に触れてみたい、感じてみたいと思ったのが、『奥会津最後のマタギ』を書こうと思ったそもそものきっかけだ。
 アウトドアでの取材経験はあまりなかったが、そのことに不安や心配はまったくなかった。私自身がひたすら遊び、楽しめば、いいものが書けるという確信があったからだ。
 実際、奥会津・金山町を舞台にしたマタギの猪俣昭夫さんの取材は毎回新たな発見、新たな学び、新たな驚きをもたらす貴重な体験の連続だった。
 雪山での穴グマ猟、クマやシカ、イノシシを狙った忍び猟や巻き狩り。野山で繰り広げられる日本ミツバチの分蜂、飼育、採蜜。風来沢(かざきざわ)や霧来沢(きりきざわ)でのイワナ釣り、四囲の山々を水面に映す沼沢湖でのヒメマス釣りや湖畔での山菜採り、命懸けと思わせられた崖山でのキノコ狩りなどなど、金山町へ行くたびにワクワクドキドキさせられた。そのワクワクドキドキをそっくりそのままこの本に詰め込んだつもりだ。
 いい大人がワクワクドキドキした体験を通して、そして何よりも猪俣さんの言葉を通して、現代に生きるマタギの役割、心情を理解して欲しいというのが、著者としての一番の願いだ。
「ひと言でいうならば自然との共生、とりわけ動物界との共生を図るのが俺らマタギの役割だと思うわけです。必要に応じて動物を獲り、数を調整することで動物界全体の生態系を守り、後々まで動物たちを残す。その役割は動物界の頂点に位置する捕食動物であるニホンオオカミが果たしていたんですが、ニホンオオカミが明治の初めごろに絶滅してしまったもんだから、動物界の生態系が狂ってしまったんです。
 捕食動物がいないのでシカやイノシシが増えて畑の農作物を食い荒らしたり、最近はクマもそうなんですが、人間との関わりが大きくなった結果として人を襲うケースが増えている。オオカミの役目が務まるわけではないんですが、俺らマタギがその一部分を担って動物界の生態系、自然の生態系を守るというつもりでやっているんです」
                 ※小学館「本の窓」より

※ワクワクドキドキ、ハラハラドキドキの取材記録を、写真で振り返っていくことにする。
※「奥会津最後のマタギ」小学館から好評発売中

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