顕示選好理論の話(1):根本的な動機と理論の分類

 なんとか書く気が貯まったので書いてみようかなって。絶対一回で終わらないからナンバリングしたけどこれ何回かかるかわかんねーな?
 で、みなさん。たぶんこのタイトルで釣られてくる人は理論経済学をかじったことがある人達ばっかりだろうと思うので、顕示選好理論もミクロ経済学で見たことはあるんじゃないかなって思うんだ。だけどさ、たぶんほとんどの人は、「現代の」顕示選好理論を教わってないと思うんだよね。
 なんでかって言うと、顕示選好理論が経済学で超重要だと思われていたのは主に1960年代で、その頃の研究者はこの理論がなぜ重要なのかを説明できたと思うんだ。だけどその頃の研究者から教わった人から教わった人から教わった人……あたりが、いまのミクロの教員でしょ? わかるわけねーじゃん、なんでこれが研究されていたのかという動機なんてさ。
 んで、かつてこれが研究されてた動機を知ってた人は古い理論にはとっくに見切りをつけてべつの議論に進んでいて、教科書に載ってる顕示選好理論には目もくれない。一方で、「この理論は重要だ」という刷り込みを受けた現代のミクロの教員は、ただ単にMWGの有名な教科書に載ってるからという理由だけでなぜか顕示選好の弱公理とかから議論を始める。いやー、あの部分、つまんないよねー……これなんのためにやんの? って感じだし。
 じゃあおまえは顕示選好理論がなんで重要なのか知ってるのかって? そりゃ知ってるよ。現代の言葉で言えば、この理論は次のようなことをやる理論だ。

「効用最大化仮説で人間をモデル化することを検定するための理論」

 この理論が出てきたのは1938年だと思われているが、その頃の研究者は、まだ統計を大規模に取るシステムができてなかったり、推定・検定の話もあんまり詳しく知らなかったので、上のような「表現」はしてない。だから論文を読んだり本を読むだけじゃわからない。けど、整理してちゃんと考えてみると、古い顕示選好理論が「やりたいこと」はこれなんだ。
 遡って19世紀。1874年にレオン・ワルラスが出した『純粋経済学要論』にあった効用最大化問題は、いろんな人から批判された。その中でも強力な批判が、「この効用最大化という仮説通りに人間が動いているとは信じられない」というものだった。
 まあ、たしかに効用なんてみんな意識してないから、効用最大化もしてないっていう理屈は通る。だが経済学者達の古典的な反論は、「効用最大化を意識しなくとも、学習しより効率よく買い物をするようになっていくにつれて、自然と効用最大化の点を選ぶようになる」というものだった。こっちもそれなりに理屈が通っているように思える。こうなると後は好みの問題で白黒つけられないことになってくるが、ここで重要なのは効用最大化自体をしているかではなく、効用最大化モデルで人々の行動が説明できるかどうか、裏返せば「このモデルで作った『人間』は現実の人間と似ているか?」なのだということに、やがてみんな気づき始めた。
 モデルというのは模型である。そして、蒸気機関車の模型にとって最も重要なのは蒸気機関車の形をして線路を走ることであって、その動力が蒸気機関であることは二の次である。実際、ほとんどの蒸気機関車の模型は電気で走っているのを、みんな知っているはずだ。効用最大化も、現実の人間と違う動力かもしれないが、その結果出てくるモデル内の『人間』が現実の人間と似ていればあとはどうでもよいのだ。
 じゃあ「似ている」かどうかを検証するための理論が必要ですね? というところから出てきたのが、この顕示選好理論。なのだが……「消費者理論への応用」に限定してみても、この理論ってたぶん2つのまったく違うタイプに分類されるんだわ。もちろん、「消費者理論への応用ではない顕示選好理論」もあって、いまじゃなにがなんだかわけがわからないことになってる。
 とりあえず分類をおおざっぱに書いてみよう。

1)Samuelson (1938)から始まる、古典的な需要関数の顕示選好理論。これで最重要文献はHouthakker (1950), Rose (1958), Uzawa (1959), Gale (1960)など。特にUzawa (1959)は比較的読みやすく、かつこの中でいちばんまとまっている。

2)Richter (1966)に代表される、抽象的な選択関数の顕示選好理論。ただRichter (1966)、証明の一番大事な部分をフランス語の文献にアウトソーシングしてるんだよね……ちゃんと証明埋めたいなら、MWGの命題3.J.1を見て自分で拡張するのが一番早いかもね。なお、MWGの第1章も完全にこっち系の理論。

3)Afriat (1967)から始まる現代的検定理論。Afriat (1967)はところどころ証明が間違っているので、そこを埋めたVarian (1982)を付け加えて、アフリアット=ヴァリアンの顕示選好理論って名前がついてる。

4)上記どれにも当てはまらないもの。たとえば、どのレストランに入ったかだけが見えると仮定して、そのデータからどのメニューが好きかを類推するような理論がある。正直この類、なにがやりたいのかよくわからん。

 とまあそんな感じです。で、いま経済学にとって「重要な」理論と見なすことができるのはぶっちぎりで3)で、実際、消費者理論で上位雑誌に載ってるのはほとんどこれ関係。なんだけど、MWGに載ってないからか、この理論やたらと知名度低いんだよね……Mas-Colell (1978)ではモロにこれ扱ってるじゃん! なにやってんのマスコレル!
 というところで次回へ続く。次はまあ、古典論の解説あたりでもしましょうかね。

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