顕示選好理論の話(4):リクターの定理

 前回まではこちらー。

 いままで1960年くらいまでの結果をまとめてきたんだけど、ここから一気に飛躍する。ハウタッカーも宇沢先生も、基本的には顕示選好の強公理から、関係x>>y(これの意味は(2)を参照)が需要関数を生成する順序になると信じていた。しかし、Richter (1966)は画期的な飛躍をして、べつに>>が需要関数を生成する順序である必要はなく、それを含むもっと大きな順序を持ってくればよいという形で理論をまとめ直した。さらに、彼の結果は需要関数ではなくて、抽象的な選択関数についての理論として直されており、さらにさらにその関数は集合値関数でよかったので、めちゃくちゃ理論が拡大した。
 彼が扱ったのは顕示選好の適合性公理で、これは一価な需要関数に還元すればハウタッカーの強公理と同値になるが、もっといろんな場合に適用できるものだった。一価関数のときのリクターの基本的なアイデアは、>>という二項関係に対して、それを含むような非対称で推移的な順序の集合を持ってきて、その集合の包含に関する極大元と対角集合の合併を考えるとそれが全順序になって、それが元の需要関数を生成するっていうもの。リクターはそれを表現する効用関数も作れると主張してるけど、正直僕、その証明よくわからんかった。あれ間違ってるんじゃないかな。
 まあ、均衡理論はこのあたりの時代まで来ると、効用最大化仮説というのは効用関数じゃなくて順序の最大化で議論できればいいやとみんな思うようになってたから、リクターの定理が効用を生成できないことはなんの問題もなかった。これを多価写像に拡張するためには、面倒な同値類作って少し複雑な議論をすることになるけど、本質的なところはあまり変わらない。この定理の最もシンプルなバージョンはMWGの命題3.J.1に載っていて、証明も見やすいのでそれを見るといいよ。
 以下余談をいくつか。MWGではこの命題、上の極大元の存在のためにツォルンの補題を使ってる。が、リクター自身はこの結果をSzpilrajnという、どう読んだらいいかわからない名前の人のフランス語の論文の結果を引用して証明している。この人、ググるとけっこう有名っぽいんだけど、フランス語だからなあ元論文……よくわからんのよね。なのでこの論文をちゃんと読みたいけどフランス語読めない人は、自力で埋める必要があります。
 それから、上の証明は全順序の構築だったんだけど、リクターによると、この証明のためにツォルンの補題は必要なくて、ZF公理系の中ではもっと弱い公理である、ブール代数の極大イデアルの存在定理で済むらしい。が、少なくとも僕は未確認です。確かにツォルンの補題使うと整列順序出てきそうだし、それよりは弱い公理でいいのかなって気もするけど……どうなのかね。
 あと、リクターは選択関数を使っていて、これは選択肢の集合を与えるとその部分集合を返す関数として定義されている。ということは、価格と所得の組から需要を返す普通の需要関数を選択関数に落とし込むためには、「予算集合が同じ価格と所得の組は、必ず同じ選択結果を返す」という仮定を置かなければいけない。この仮定は弱公理より弱い仮定だが、少なくともリクターの理論で需要関数を扱う場合、人間行動にこの仮定を最初から与えていることになるという点には注意する必要がある。案外これは論点になるんだよね……価格の中立性命題と解釈されることがあるんだ、この性質。
 それと注意。リクターの定理は、非空値な選択関数にしか適用できません。空集合を許した集合値関数にリクターの結果を適用しようとすると反例がボロボロ出てくるから、うかつなことはしないようにしよう。

 最後に、リクターの定理は顕示選好の古典論の総まとめだけど、前回述べた問題点の解決にはまるで役に立たないっていうことには注意が必要だよ。なにしろ、与えられた適合性公理をチェックする方法なんて、コブダグラスやCESでも無理でしょ普通。この、「条件をチェックできない」問題はけっこう深刻で、リクターの定理がそのすさまじい一般性にもかかわらずあまり注目されない理由もここにあったりする。つまるところ、リクターの定理は合理性の仮定を行動的に「解釈」することにしか役に立っていなくて、本当にこの分野でやりたかったであろう、効用最大化仮説の検定問題には、実は一ミリも役に立ってないんだ、これが。
 ということで、じゃあどうチェックすればいいのかを次回話します。今回はここまで。

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