顕示選好理論の話(3):古典論で出てくる結果の関係

 前回まではこちらー。

 前回、顕示選好の弱公理とか強公理の話をした。もちろん現代では知見がけっこう貯まっているんだけど、これらの公理の関係というのが、実は初期はあんまりわかっていなかった。実を言うと顕示選好の弱公理が強公理と同値であるということを主張した論文なんてのもあって、このへんの議論を行う人々がかなり錯綜した議論をしていたなあというのが見て取れる。
 で、ところでみんな、弱公理と強公理が同値でないこと、証明できます?
 僕、これ、すんごい探してようやく例を見つけたんだけど、みんなそういう例、知ってます? いや、本当にがんばって探さないと手に入らないんよ、その例。これは独立したトピックとして触れといた方がいいかなと思ってここで挙げといた次第。
 この問題を難しくしてるのは、まあいろいろあるんだけど、根本的なのはたぶんMas-Colell, Whinston, and Green (1995)の第2章にもある、とある事実かな……二財モデルで考えたときの話なのだけど、ワルラス法則と0次同次性という、需要関数についてはとても当たり前の仮定だけから、スルツキー行列が必ず対称になることが示せるんだよね。で、弱公理は補償需要関数についての需要法則を導くということがSamuelson (1938)の頃から言われていて、現代的に言うと弱公理からスルツキー行列の半負値定符号性が出てくる(Kihlstrom, Mas-Colell, and Sonnenschein (1976)の結果)。そして「スルツキー行列が半負値定符号かつ対称なワルラス法則を満たす需要関数は、強公理を満たす」(Hosoya (2017)の結果)ので、まあつまり二財モデルではそんな例作れないんだ。
 以上の推論はスルツキー行列、つまり微分を使って議論していたけど、この話は微分可能かどうかとは一切関係のない内容だったりする。Rose (1958)は、同じ「二財モデルだと弱公理から強公理が出る」という結果を、足し算と掛け算だけを使って証明している。だからまあ、逆に言うと「弱公理を満たすけど強公理を満たさない結果」というのは三財以上のモデルじゃないと出て来ないんだ。
 具体的な例はGale (1960)に挙がっていて、彼は3×3行列Aを使って、f(p,m)=(m/p^TAp)×Apという形で定義される需要関数が、Aをうまく定義すると弱公理を満たしつつ、そのスルツキー行列が対称にならないことを示した。で、彼の論文はUzawa (1959)の仮定を、強公理を除いてすべて満たすので、もし強公理も満たしていたならば、対応する効用関数が作れる。しかし効用関数から導出した連続微分可能な需要関数のスルツキー行列は必ず対称なので(これ誰の結果だ? マッケンジー?)、矛盾が生じる。だからゲールの例は強公理を満たさない……1960年当時にこんな緻密な議論ができたかどうかはわからないが、ともかくいま我々が手に入れられる反例としては、このゲールの反例があるわけだ。
 というわけで、顕示選好の弱公理と強公理は独立である。以下余談として、顕示選好の弱弱公理という、弱公理よりさらに弱い公理があって、これは微分可能な需要関数についてはスルツキー行列の半負値定符号性と同値である。逆に言うと弱公理自体は同値でない、と言われているが、普通の需要関数で該当する反例をみたことがない(普通じゃないのならある)。
 それから、ヴィーユの公理(Ville (1946))という変な公理があって、閉曲線を使って定義した顕示選好の公理がある。こちらは「アントネッリ行列」という、スルツキー行列の逆行列「みたいな」(厳密に言うとスルツキー行列は正則ではないので逆行列持たないんだが)行列の対称性と同値になる(Hurwicz and Richter (1979))。ということはおおむねスルツキー行列の対称性と同値になる。このあたりが古典論のいろんな公理の関係性まとめかな。Hosoya (2017)の結果から逆算すると、弱弱公理+ヴィーユの公理=強公理というのがおおむね正しそうなのだが、ただ微分可能でない需要関数ではヴィーユの公理は定義できないんで、そこまで言えるかはわからない。
 とまあ、そんなわけで今回の主題はここまでなのだが、ここまででわかった問題点が一つあるので、書いておこう。我々はゲールの反例を見るときに、それが強公理を「満たしていない」ことを示すために、ものすごくがんばらないといけなかった。それは逆に言うと、我々が1950年代に得ていた検定手法は、根本的な問題点を孕んでいるということである。前回述べたように、1950年代の知見では、人々が効用最大化仮説に従うかどうかの検定のためには、データから需要関数を推定し、それが強公理を満たすかどうかをチェックする方法しかなかった。だが強公理、複雑すぎて普通チェックできないんだ。これが。
 たとえばコブダグラスでいいから、(m/2p_1,m/2p_2)っていうシンプルな需要関数「だけ」が与えられたとして、これが強公理を満たすことをダイレクトに証明しろって言われてみんなできる? 僕、無理だよ。この問題を解決しないことには、検定問題は破綻するわけだ。じゃあどうするか?
 と、ここで打ち切り。次回は上の疑問に答える代わりに、少し迂回してリクターの定理の話をするよ!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?