顕示選好理論の話(5):顕示選好の強公理を確認する方法

はい、前回まではこちらー。

 前回、明確に書いてなかった気がするのでここに書いちゃうけど、リクターの定理の主張は「選択多価写像Cが非空値であるとき、それが弱順序で合理化可能であることと、顕示選好の適合性公理を満たすことは同値である」という内容。これを需要関数の用語に置き換えると、仮定されているのは非空値性と正0次同次性(これがないと選択多価写像に落とせないので、仮定されてると見なすべき)だけで、ワルラス法則も連続性も仮定されていないっていうこと。もちろん値域が十分広いという要請やその他の要請もないので、Uzawa (1959)とは次元が違うレベルで広範囲を扱えるようになっているのがわかる。
 一方で前回で述べた問題は深刻で、つまり顕示選好の適合性公理を具体的に確かめる方法が存在しない。これはちょうど、普通の消費者理論で、効用最大化問題の解の存在を証明するためには効用関数の上半連続性しかいらないけど、実際にはみんな解くときには微分使っているのと似てる。つまり微分が鍵になるわけで、ワルラス法則と微分可能性くらい認めた上で、与えられた需要関数が強公理を満たすことを確認する手続きはないの? というのが、今日の主題。
 で、第二回で触れたSamuelson (1950)が出てくる。この論文は例によって形式主義革命の前なんで読みにくいんだけど、とりあえずこの論文の中でサミュエルソンが出した結果をまとめると以下のようになる。まず、効用関数が二階連続微分可能で、一階の偏微分がすべて正、さらに需要関数も一階連続微分可能だという仮定から出発する。そして行列の計算を延々とやっていくと、スルツキー行列の最初の(n-1)×(n-1)部分を取り出した行列が逆行列を持っていて、その逆行列は効用関数の微分を使ったある行列で表せるということだ。その行列は現代ではアントネッリ行列と呼ばれているが、サミュエルソンはアントネッリ行列が対称であること、よってスルツキー行列も対称であることを示した。
 また、アントネッリ行列の逆行列がスルツキー行列の一部分であることから、スルツキー行列の階数は自動的にn-1以上になる。nでないことはワルラス法則から簡単に示せるので、スルツキー行列の階数はn-1で固定。この条件は「階数条件」と呼ばれている。
 最後に、顕示選好の弱公理から、スルツキー行列の半負値定符号性が導かれることはSamuelson (1938)で……たぶん! 書かれてるので、結局サミュエルソンはこの論文で、上のような「普通の」モデルから出てくる需要関数のスルツキー行列は、階数条件、半負値定符号性、対称性の3条件を満たす、ということを示したことになる。
 で、サミュエルソンはそこで止まらなかった。すでにAntonelli (1886)とかPareto (1906)で触れられていたことだが、アントネッリ行列の対称性は、古いベクトル場の理論における全微分方程式Du=λgの解の存在条件と同値であることが指摘されていた。gを逆需要関数とすると、これはラグランジュの一階条件を満たすuの存在定理だと見なせる。だからサミュエルソンは、上の3条件は「必要条件」ではなく、「十分条件」だと主張した。つまり上の3条件が、合理化可能性の必要十分条件だという理解ができる。
 このうち「階数条件」は、実は効用関数の微分可能性に関わる条件だったことがいまではわかってて(Hosoya (2013, J.Math.Econ)を参照)、それを取った論文がHurwicz and Uzawa (1971)だ。この論文では需要関数に微分可能性、ワルラス法則、そして「強い所得リプシッツ条件」と言われる条件を課して、合理化可能性の必要十分条件が「スルツキー行列の半負値定符号性と対称性」であることを、厳密に数学的に証明している。これでだいたい完成。つまり強公理の必要十分条件は、スルツキー行列の半負値定符号性と対称性だったのだ。
 と、言っておいてなんだが、上の論文、たぶん間違ってるんだよね……数学付録のところのExistence theorem Iに出てくる(A22)式が、たぶんこの仮定だけからだと出て来ない。この式の導出には積分記号下の微分公式を使うんだけど、それを保証するには微分の有界性くらい仮定しないと普通無理で、それに対応する仮定がないんだ。だからまあ、需要関数は「連続微分可能」くらいまで強くしておかないと、筋が通らない。
 そこはまあいいとして、今度問題になるのは「強い所得リプシッツ条件」の方で、これがまた悩ましい条件なんだ……僕は何度かこれを満たさない需要関数の例を作ろうと試みてきたけど、だいたい失敗した。たぶん、「下級財がある」ことは前提とした上で、「所得水準によって下級財がどの財かが何度も入れ替わる」くらいしないと、この条件に反する需要関数って作れないんだよね……かといって、じゃあ「確かめやすい条件か」と言われると、たぶん答えはノー。実用上あまり害はなさそうだが、統一した理論を作ったと言うには邪魔な、典型的な「嫌な条件」なんだよね、これが。
 で、これ、取れました。Hosoya (2017, J.Math.Econ)が、この条件なしでハーヴィッチ=宇沢の定理を証明することに成功しました。なのでいまは「連続微分可能性とワルラス法則の下で、強公理の必要十分条件はスルツキー行列の半負値定符号性と対称性である」と、自信を持って言えるようになっております。上の論文オープンアクセスにしてるから、みんな読め。さあ読め。URLも貼っておくから。読んで。

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0304406817300630

 というわけで、とりあえず古典的な顕示選好理論の「強公理を確認できない」問題は、微分を使うことによってスルツキー行列の対称性評価と固有値評価の問題に帰着できることがわかったわけです。ここまで行けばいろいろ方法もあるわけで、まあ一応、問題は解決した……と言いたいところだが。
 まだ問題があるんだ。我々が目的としていたのは、データからの「効用最大化仮説の検定」手法を作ることだった。いま検討されているのは以下の方法であった。1)需要関数を推定する。2)推定した需要関数が強公理を満たしているかどうかをチェックする。しかし、「検定」のために「推定」をはさむのは、けっこう問題がある。なぜなら、「推定方法」によって「検定結果」が変わっちゃうからだ。
 この問題を解決する方法はないのか……というと、それはある。というわけで次がいよいよ本論。GARPとアフリアット=ヴァリアンの検定理論の話をするよ!

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