顕示選好理論の話(2):古典的な顕示選好の理論の出始め

 はい第一回はこちら。

 この理論Samuelson (1938)から始まるってのが定説だと思うんだけど、もしこの認識が正確でないということがあればご一報下さい。サミュエルソンのこの当時の立場はだいぶ反証主義にかぶれていて、データと突き合わせることができない効用関数を理論から追い出そうとすらしていたように思える。が、どーもわかりにくいんだよね……
 学説史の人間がときどき言う言葉として、経済学の形式主義革命っていうのがあって、1960年代の以前と以後で論文の書き方が激変してるんだよね。で、いまの研究者である僕たちは当然ながら「以後」の論文を読むための訓練を積んできてる。だけど当然ながら顕示選好の古典論は1930年代~50年代にかけて議論されてきていて、「以前」の論文なんだ。だからクッソ読みにくいんだよ! なに言ってるのか本当にわからん。
 ただまあ、Samuelson (1938)で顕示選好の弱公準が出てからFoundation (Samuelson, 1946)の出版を経てHouthakker (1950)が発表されるまでの間に12年あるわけで、12年もあればだいぶ人の考えも変わる。サミュエルソンは最初は効用をドラスティックに理論から消そうとしていたような感じだったんだけど、1950年代頃には効用最大化で記述できる理論の根拠付けをしようという方向に向かっていったように思う。似たような分野である積分可能性理論の論文、Samuelson (1950)が出たのもこの時期なわけで。
 サミュエルソン自身はカール・ポパーのことを「後から知った」って主張しているみたいだけど、ともかく彼は反証主義にかなりかぶれていたので、効用最大化仮説は反証可能でなければならないと思っていたらしい。その結果出てきたのが顕示選好の弱公理であり、強公理であるわけで、強公理が出てきたことでサミュエルソンはいったんこの方面から手を引いたように見える。満足したんだろう。
 さて、基礎的な言葉を整理しよう。ある価格ベクトルpと予算mの下、需要xがなされたとする。一方、同じpとmの下、xとは違うyが買えたとする。(以後、これをx>yと書くことにする)このとき、yはxに負けたのだから、効用は下でなければならない。すると、yが価格ベクトルqと予算wの下で買われたならば、そのときにはxは買えないほど高くなければならない。これが顕示選好の弱公理だった。先ほどの記号の定義を使うと、x>yならばy>xではあり得ないというのが顕示選好の弱公理である。
 これを一般化して、数学の二項関係の理論において>の「推移的閉包」と言われるものを>>と書くことにする。x>>yならばy>>xではあり得ないという条件を、顕示選好の強公理と言う。弱公理はSamuelson (1938)が、強公理はHouthakker (1950)が出した。サミュエルソンが弱公理を出したのは効用最大化を検証するための「最低限の要請」だが、ハウタッカーが出した強公理はどうやら効用最大化を正当化する「必要十分条件」になりそうだというのが、当時の議論だった……ようだ。いやマジで勘弁して。あれ読めない。
 今風に言うと、ハウタッカーは顕示選好の強公理があると、「無差別曲線」をそこから計算できると述べているようであった。よく知られているように、無差別曲線は、限界代替率を使って定義される微分方程式の解のグラフとして表される。限界代替率は価格比と一致するので、ある点xから出発する無差別曲線の軌道について、よく知られた微分方程式の陽的オイラー近似を計算すると、このオイラー近似で出てくる折れ線に含まれるすべてのyはx>>yを満たす。オイラー近似は近似パラメータである時間間隔を0に近づければ元の無差別曲線に一致するから、これはx>>yとxの効用がyの効用より高いことが同値であることを意味する……という感じなんじゃないかなあ。たぶん。
 このアイデアを厳密に書き直したのがUzawa (1959)なんだけど、この論文、消費集合のすべての点が需要されるっていうわりとやべー仮定置いてるんだよね……とはいえ、それまでの論文と比べると格段に「読める」ので、アイデアを理解するのには一番役に立つんだけどね。やっぱ宇沢先生すげーわ。
 とはいえ、なんかいろいろ仮定を置けば一応ハウタッカーの言ったことは正当化できそうだということがわかった。だからまあ、第一回で述べた「効用最大化仮説を検定する手法」としては、以下の方法をゲットしたことになる。1)データからなにかの方法で需要関数を推定する。2)その推定した関数が顕示選好の強公理を満たすかどうかを判定する。3)満たさなければ効用最大化仮説は棄却、満たせば棄却できない。
 この方法はいろんな問題を含むが、まあ1950年代の結果なので仕方がない。そもそも宇沢先生の結果はかなりいろんな仮定を需要関数に置いているので、そのあたりも一般性を大幅に欠くんだよね。だがとりあえず目算は立ったわけで、さあこっからどう経済学者たちは理論を繋げていくのか……というところで、次回に続く。

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