考える葦

日々の思考や頭に浮かんだことなどを、徒然なるままに書きます。

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【読書・絵本】感情って隠さなきゃいけないの?

たいせつなおもちゃをこわされてボクはおこった。 「あなたのほうがおにいちゃんなんだからがまんしなさい」ってママはボクにおこった。 おこったきもちはボクのなかにとじこめられる。 ボクはきもちをはきだせない。 おおきなこえでなきはじめたとたんに 「泣くな」っておおきなこえでおこられた。 かなしいきもちはボクのなかにとじこめられる。 ボクはかなしみをはきだせない。  『コブタの気持ちもわかってよ』という絵本をご存じでしょうか。まわりから気持ちをわかってもらえないコブタが主人公の

    • 2021年の総括と2022年の方向性

      随分とご無沙汰しておりました. 書きたいことは色々ありつつも,なかなかゆっくりまとめる余裕がなく,あっという間に年末となってしまいました. 大晦日の今日は,朝起きてから6時間ほどかけて2021年の振り返りと2022年の方向性を考えておりました.記録としてnoteに残しておきたいと思います. 1.2021年の総括2021年はどんな1年だったか.365日記録していたNotionの行動記録と,手帳に記録していたことを読み返しながら主だったものを書き出していった. 一番大きなテー

      • 残暑の色とはどんな色だろうか?

        “日常を切り取りたい” その中には,あるディテールだけでなく,“色彩を切り取りたい”という欲求がある.そう思って久しぶりにカメラを構えた. 言わばカメラのシャッターを切ることと,キャンバスに筆を淹れることが同義のような感覚. 残暑の色とはどんな色だろうか? 夏の終わりを目で感じ,耳で感じ,肌で感じている. 終わりの美しさに思いを馳せるのはなぜだろうか? コロナが猛威を振るう日常において死を身近に感じるからか. 昨日の髭男のライブでアポトーシスを聴いたからだろうか. こ

        • 定まらない自分と向き合うこと

           この頃,定まらない自分に嫌気がさしてきている.これは今に始まったことではなく,前から時々こういう状況に陥ることはある.今の自分の状況を”定まらない自分”と言語化してはみたものの,実のところ自分でも何に嫌気がさしているのかはよくわかっていない.自分のことは自分が一番わかっているようで,実は一番よくわかっていないということなのかもしれない.  今の世の中,流動的なことや無常なことというのは,VUCAという言葉が最近よく口にされるように,当たり前なことであると思う.そんな世の中

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        【読書・絵本】感情って隠さなきゃいけないの?

          夜明け前

          いつもより早く目が覚めてしまい,ふと思い立って夜明け前のまちを撮りに行く.4月の朝はこんなにも寒かっただろうか. 桜はすっかり緑になってしまった. 闇の中にわずかな光を探してシャッターを切る. 光源を一緒におさめながら撮るのも面白い. 昼間は木陰をつくり人々を包む大木も,闇とわずかな光を受けて妖怪と化す.温度の違いを感じる. 侘びとは何だろうか. 寂びとは何だろうか. 闇と緑は相性がいい. 木の質感もいつもと違って見えるようだ. このあたりからAFがきかなく

          夜明け前

          運転の身体性

          車を運転して家路につきながら,ふと車の運転における身体性について考えていた.”車と対話をする”という言葉もあるが,どういうことだろうか. 車を走らせていると,アクセルを踏み込んでいなくてもエンジンの回転数が上がることがある.これは,エアコンなどによるエンジンへの負荷が高くなることによるものである.僕はこのことを,メーターを見なくとも,エンジンの音や車の推進力の変化,ブレーキペダルやアクセルペダルから足に伝わってくる感覚などから感じ取る.エンジンの回転数が変わると,当然走って

          運転の身体性

          ”強さ”とはなんだろう

           いつものように書店を歩いていると,1冊の本が目に留まった. 『ぼく モグラ キツネ 馬』 タイトルを見ただけでは,何の本なのかさっぱりわからなかったが,読んでみると,その中には愛や人生など,様々なものが詰まっていた.また,趣深いイラストと短くシンプルな文や言葉は,読者に考える余地を与えてくれるように思う.今回は,特に印象的だった言葉について考えを深めていきたい・  タイトルにある「ぼく」は,森の中で馬に出会う.馬は言う. 涙がでるのはきみが弱いからではない.強いからだ.

          ”強さ”とはなんだろう

          ”ほんもの”ってなんだろう?

           昔から本屋を歩くことが好きだ.今日は午前中休みをとったので,本屋に足を運び,小一時間くらいじっくりと歩いてきた.ビジネス本や小説,啓発本,絵本など幅広く眺めて回り,色々な思考を頭の中に巡らすのだが,そんな中で一冊の絵本に出会った.マージェリィ・W・ビアンコ原作の『ビロードのうさぎ(The Velveteen Rabbit)』という絵本である.心に残るような感動的なお話だったが,僕はこの絵本に何度か出てくる”ほんもの”という言葉が気になった.”ほんもの”とは何なのか,この絵本

          ”ほんもの”ってなんだろう?

          ”はなむけ”を思考する

           3月もあと数日で終わる.春は別れと出会いの季節とよく言われる.この時期は,卒園,卒業,転勤,退職など,特に別れの多い時期である.この時期には,よく”はなむけの言葉”というものを耳にする.当然,言葉の意味は何となく知っていたし,”はなむけ”ときいて大体どのようなことかは想像できる.私もつい先日,この”はなむけの言葉”というものを人に贈ったが,後から考えてみると,そもそも”はなむけ”とはどういうことなのか,何を意味するのかということが気になった.”はなむけ”という言葉の本質を考

          ”はなむけ”を思考する

          夜更かしとWtulensが写し出す世界観

          夜更かしとWtulensが写し出す世界観

          写真を撮る意義

           2020年の夏に人生で初めて一眼レフカメラを購入し,写真を楽しんでいる.レンズもいくつか増え,最近では手軽に持ち運べるミラーレスカメラをサブ機として購入し,写真を撮ることの楽しみが広がってきているように思う.そこで改めて,写真を撮る意義というものを自分の経験から考えてみたい. 新しい趣味が欲しかった 一眼レフを買うまでは,「写真なんて,今やスマホで十分綺麗に撮れるから,今更買うことないかな」なんて思っていた.そんな僕が,なぜ一眼レフを購入するに至ったのか?きっかけは,新し

          写真を撮る意義

          夜桜に心を突き動かされて

          仕事帰りの金曜日,家路の桜に心を突き動かされ,帰宅するなり一眼を片手に外へ出ていた.仕事の疲れを忘れて,無心でカメラを構えた. 実は,これに一番心惹かれた.同じ枝先でも,咲く時期は蕾によって微妙に違う.個性であり,みんなちがってみんないいのだ. 夜桜は時として灰色に見える. 闇夜に浮かぶ白と緑. 桜を添えて街を撮るという考え方. 夜桜は時として銀色にも見える. いつもはただの街灯だが,カメラを通して考えると最高のライティングとなる. テールランプに染められて.

          夜桜に心を突き動かされて

          目を閉じて……の作曲について

          「目を閉じて,誰のことを一番におもうか?」を書くとき,久しぶりの作曲で意識したこと,考えたことがあるので書き留めておきたいと思う。  メインのモチーフ(メロディ)について。「目を閉じて,誰かをおもう。」という,頭の中にイメージを思い浮かべる様子を表現したく,出だしから8度(オクターヴ)の跳躍,のちに跳躍した先で音を動かすというモチーフにした。また,使用楽器と調性は,自分の想いや頭の中のイメージを最も的確に表してくれそうなFlute,またト長調という明るすぎず(開放的すぎず)

          目を閉じて……の作曲について

          目を閉じて,誰のことを一番におもうか?

          https://www.instagram.com/tv/CJSLa8EACEU/?utm_source=ig_web_copy_link タイトルの言葉は,ある方がおっしゃっていた言葉で,とても自分の心に残っているものです。 久しぶりの作曲でしたが,自分の気持ちを素直にそのまま音として紡いでいったつもりです。

          目を閉じて,誰のことを一番におもうか?

          子どもを叱るということ

           最近,珍しく子どもをこっぴどく叱ったことがあったので,書き留めておきたい。振り返ってみて改めて,感情にまかせて「怒る」ことよりも,「叱る」ことのほうがどれほど大変かということを思った。  「怒る」というのは,ただただ自分が「嫌だ」「気に食わない」という感情を持って,それをそのまま相手や何か別の対象にぶつけることである。もちろんそこには教育的意味はないし,自分中心のものの見方でものを言う。自分中心であり,思考することもないので,これは楽といえば楽である。  「叱る」という

          子どもを叱るということ