見出し画像

メンヘラ婚約者が俺を狂わせてくる。 第10話

◯◯さんの誕生日の翌日、

仕事の帰りに寄り道。


週末は営業しないケーキ屋さんに、

臆さずいざ突撃。


プレゼントは"一緒に"選んで買おうと

◯◯さんが提案してくれましたし、


当日は日曜日で

この店のケーキが買えませんでした。


優しい◯◯さんは

とても満足したと言ってました、


だけどその優しさに

甘えすぎてもダメ。


婚約者として

1日遅れではあるものの、


夫に美味しいケーキを

食べさせてあげたい。


"自分が"プレゼントを、

用意してあげたい。


和:あ、あのっ


店員:はい!ご注文ですか?


キラキラしたお店は、

やっぱりあまり得意ではない。


でも私だって大人の女性、

食わず嫌いは克服せねば。


和:これを1つ、お願いします。


店員:かしこまりました!


小さめのホールケーキ、


2人で食べるには

十分なサイズのものを注文。


店員:"メッセージプレート"などは、お付けしましょうか?


和:…はいっ、お願いします。夫に…


言わなくてもプレゼントだと伝わった、

人妻の雰囲気醸してたかしら。


店員:分かりました!では、何と入れますか?


和:えっと、えっと…◯◯さん、誕生日、お…でと…いま…


店員:…はい?


パニック、


顔が熱い、

恥ずかしすぎて言葉が出てこない、


◯◯さんのことを想うと、

頭がショートして…


和:…◯◯さん、誕生日"オ…アリャァ…トウ"…御座います、と。


店員:??…かしこまりました。


"おめでとう"、とすら

面と向かって言えなそう。


◯◯さんのせいです、

私をこんな人間にしたのは。




??:あの、


和:ひゃ、ひゃいっ!?


ケーキを待っていると

隣の綺麗な女性が、


突然声をかけてきて

肩がビクッとしてしまう。


??:今、"◯◯"って、言いましたか?


和:あ、はい、そうです…


??:名字は、ちなみに、


和:"田村"、です。


目が大きくて優しそうで、

日本人らしくて素敵。


それでもちょっと距離が近くて、

スゴい圧を感じてしまう。


??:やっぱり!前に少し、一緒に仕事したことあって。ちなみに、ご関係は?


和:よ、嫁…です。


??:へぇ〜…


何だか優しかった視線が、

一瞬曇ったような。


和:えっと、それが何か…?


??:いえ!聞き馴染みのある名前だったので、突然すみません急に。


女性は品物を受け取ると、

私に素早く礼をして踵を返した。


そしてヒールなのに、

とてつもない速さで店を飛び出した。


不思議な人~…

私が言うのもアレかもだけど。


店員:お客様、ご用意できました~!


和:ひゃっ!?…あ、ありがとうございます。


愛のこもった"アイテム"を

手に入れてしまった私も、


少し気持ち機敏に動いて

家まで急いで帰った。


というか、あんな綺麗な人と

一緒にお仕事するなんて、


◯◯さんに虫が付かなければ

良いのだけれども。




ーーーーーー




自覚する間もなく、

笑みがこぼれてしまう。




菜緒:…みーつけたっ。




ーーーーーー




…嫁がケーキを買ってきた。


改めて和"自身"が、

俺の誕生日をお祝いしてくれると。


「わっ、私の愛情ですっ」と

真っ赤になりながら言ってたし、


可愛いなと思いながら

夕食後に一緒に食べ始めた。


ソファに横並びで、

肩が触れるか否かくらいの距離。


多分このケーキは

和さんが前言っていた店のヤツ、


仕事帰りにわざわざ並んで

買ってくれたのだと思えば、


はじめてのおつかいレベルに

感慨深くて泣けてくる。


にしても、気になるのは

ケーキのメッセージプレート、


"◯◯さん、

お誕生日ありがとうございます"


え、"ありがとう"、

なのか…??


まぁ、何かの"推し"に対して

生まれてきてくれてありがとう、的な


そういう愛情表現はよく聞くし、

つまりそういうことだろう。


◯◯:プレートとか久々に見たよ、超嬉しい。やっぱ良いよねこういうの、和もそうおm…


和:……


と思ったら、プレート見た嫁は

目ぇひん剝いてギョッとしているし、


…そうではないのかもしれない。


あ、これ、

"普通に"ミスってるんだ。


だけど何がどうなったら、

こうなるの?和さん。




◯◯:うん、すげぇ美味いね、これ。


和:そーだね…


◯◯:用意してくれて、ありがとね。


和:いえ…私ってば、至らないところばかりで…


シュンとなってしまってる嫁を

そっと抱き寄せると、


ネコみたいな声を出しながら

顔をトロンをさせていた。


◯◯:そんなことないよ。そういう和の一面も、好きだから。


和:ん、んにゃっ…


◯◯:それに"カンペキ"なんて、逆に寂しいよ。きっと。


和は事あるごとにプレゼントを、

"他人行儀"にくれるのだが。


俺はだいぶ正確に

いつどこで何を貰ったか、


和の様子がどんなだったか

言える自信がある。


むしろ正確に言えなければ、

命が在ったもんではない気が。


しかもそれは衝撃的な内容で、

俺たち夫婦の基盤を創り上げた。


少し短いかもしれないが

和の"プレゼント"について、


心が壊れ行くさまをを

共有したい。


皆さん、彼女からのプレゼント、

…"思い出"はありますか?


俺は、有ります。




ーーーーーー




高校2年の冬、

冬と言えばおわかりだろうか。


"バレンタイン"、

高校生共が浮かれる日。


当時、俺は和と付き合っていたし

人生で初めて楽観的に、


そのイベント当日を

お迎えになさっていたわけである。


来たる昼休みの時間

いつも通り、いや少しソワソワして、


自分の机に根を張ったように

動じず弁当を食べていた。


少し経つと教室の外も中も

女子の甲高い声で溢れかえって、


でっけぇ荷物を持った"サンタさん"が

男子たちにチョコを配っていく。


柚菜:◯◯~っ


◯◯:…はぁ。


そんな中で大層カワユスなサンタが、

俺の机まで一直線に駆けてくる。


一瞬周りの男子たちに

白い眼を向けられてしまうも、


柚菜:はいっ◯◯っ、チョコ!!


あぁ、アイツら同じ部活だったな

"義理"だねハイハイ乙、と


そう理解された途端に

すぐに興味を無くされたと。


◯◯:あ、ども…"義理"ね、はいはい。


柚菜:他の部員からは貰ったの?


◯◯:いや、残念ながらあなたが初手です。


柚菜:あとでみんなも来るから、ちゃんとココに居てね?


ウチの部活のイヤ~な"風習"、

女性陣が軒並み義理をくれる。


彼女居なそうと思われて、

慈悲をかけられてる感じが酷い。


◯◯:まぁ、嬉しいよ。ありがとう。


弁当から一切目を離さずに、

手だけでチョコを受け取る。


すると柚菜の顔が多分、

俺の耳元までスッとやってくる。


柚菜:"義理"、じゃないのかもしれないのに。




◯◯:……は??


咄嗟に仰け反って、

柚菜の方に顔を向ける。


目ん玉が熱い、

頭がショート寸前だと分かる。


柚菜:そんなビックリしなくても良くなぁい?


◯◯:だってお前が…


柚菜:別に、義務感で作ってないし~。感想でもくれたら、嬉しいなって。


バレンタインに対するJKのマインドは

こういうものなのか?


心なしか柚菜の表情も

若干火照って見える。


吸い込まれる、と思った瞬間

スマホに和からメッセージが届いた。


"先輩、今からフェン部場で会えませんか。"


横目で確認しただけだが、

間違いなくそう書いてあった。


柚菜の顔は依然として近く、


自己防衛のためにも

俺はすぐさま立ち上がった。


◯◯:ご、ゴメン…俺、用事思い出した!


柚菜:え?用事?


◯◯:マジでごめん!!


柚菜:え、おい!部員のチョコ来るから、座ってろや!!


そういえばそんな約束してたが、

もう忘れた。


それに、柚菜のことを"意識"する前に、

この場から逃げ出したかった。


彼女が居るのに

こんな気持ちを抱いてしまうなんて…


和、いっそのこと俺を

"歪んだ愛情"で殴ってくれ。




ーーーーーー




一直線にフェンシング部の

練習場にダッシュで向かうと、


既に彼女の姿があって

息を切らしてる俺に驚いていた。


和:…先輩、


◯◯:ゴメン!はぁ、待った…?


昼休みだし練習場にはもちろん、

下の方の体育館にも生徒は居ない。


無駄に広い空間2人きり、

ロマンチックが出来上がってしまった。


和:先輩、あの…その…


◯◯:ん?


和:コレ…先輩に。チョコ、です…


彼女は後ろ手で隠していた、

小さめの箱を差し出してくる。


だいたい予想はついていたが、

"本命"というのは初めてだった。


◯◯:あ、ありがとう。本当に。


和:…いえ、お礼なんて。


さっきから一切目線が合わない、

髪に隠れた口元もモゴモゴしている。


超可愛いじゃん、

やっぱ和しか勝たんのでは。


◯◯:じゃあこれは、有難く食べさせてもらうよ。


和:今、


◯◯:え?


和:今、食べてくれませんか?


あ、でも、

こういう女の子だったね。


今日初めて合ったその目線は

心臓を掴んで離さない、


メンヘラ大束縛モードの

それでした。




◯◯:それじゃ、開けますね。


和:はい、


練習場のど真ん中に座って

箱をそっと開けると、


色鮮やかで"いかにも"って感じの

チョコやら何やらがある。


◯◯:コレ、作ってくれたの?


和:先輩にだけ、です。


何と表現すれば良いか不明だけど

とりあえず"1ピース"摘まんで、


俺の隣でだいぶ挙動不審になっている

彼女をチラ見しながら口に入れた。


◯◯:やば、超美味しいよ!


和:はぁ…良かったぁ…


能面みたいだった彼女の顔も、

安堵からかクシャッとした笑顔へ。


中にクリームみたいなのが入っていて、

ちょっと酸っぱくて美味しい。


こういうの作る女子って、

エッc……いや、尊敬するよね。


◯◯:和って、料理とかするの?


和:母のお手伝い程度ですので、あまり得意ではないです。


◯◯:いやめちゃくちゃスゴイよ、こんなの作れちゃうなんて。将来、良い"お嫁さん"になりそうだね。


和:ッ…!!


彼女は素早くそっぽを向き、

せっかく合った目線を逸らした。


俺、何かマズいこと

言ってしまったのだろうか。


和:せっ、先輩は…私の他にチョコ、貰ったんですか?


◯◯:さっき、柚菜に。


和:そうですか。


◯◯:ねぇ、和、


そっぽを向いたままの和の

愛おしい表情をまた見たくて、


俺は彼女にチョコを

2ピース差し出した。


和:…え?


◯◯:あまりにも美味しいからさ、和も食べてみなって。


和:お口に、合いませんでしたか?


◯◯:違うよ。ってか、話聞いてた?…和にチョコ貰えたのが嬉しくて、その気持ちを和にもおすそ分けしたい。




見た感じ8ピースくらいあって

少しでも彼女と思い出を共有したくて、


なかなか"キザ"なことをしたなぁと

思い返せば恥ずかしくなる。


和:ズルいです、私ばかり好きに…


◯◯:ん?どした?


和:…なんでもありません。では、お言葉に甘えて。


和は俺の手の平のチョコを

2つ取って口の中に入れる最中、


ずっと上目遣いで見てきやがって

自分が可愛いの分かってるだろ。


◯◯:美味しい?


小さく頷く彼女、

可愛い。


和:先輩は…柚菜先輩から貰ったチョコも、食べるんですか?


◯◯:そりゃ、せっかく貰ったものだし…食べないと。


和:…


黙り込んだ彼女が、人差し指を

彼女自身の口の中に入れていた。


ヤバい光景を見てしまっていると

脳が反射的に視線を逸らそうとするも、


その異様な状況から

どうにも目が離せなかった。


◯◯:な、和さん…?


溶けたチョコがべったり付いた

人差し指を吐息と共に出して、


金縛りに逢ったように動けない

俺の唇にそっと指でなぞった。


和:残りは持ち帰って、他の女のチョコを食べ終わった後に、私のを食べてください。


◯◯:…!??


和:私が、"本命"、です。


彼女の"口の中"にあった

チョコや彼女の唾液、


生暖かいそいつらが

唇に塗りたくられている。


和の瞳は光りを失って、

"冗談"じゃないと物語っていた。


俺も何か"感じてはならない"ものを感じ、

呼吸がだんだん荒くなってくる。


和:はっ…


◯◯:和、


和:私、何てことを…


多分、いや、間違いなく

10秒ほど見つめ合っていた。


何か起きなかったことが、

もはや偶然と思うべきかな。


和:ではっ、私はこれで…っ


◯◯:お、おう…


爆速で立ち上がって

ふっか~~い礼をして、


俺から逃げるように和は

練習場を去っていった。


彼女が塗ってくれたまだ暖かい

"リップ"を拭って手に取ってみる。


間接、キス、

なんでしょうか…?


所有のしるしなのか、

考えても考えても分からない。


◯◯:…あなたは、俺をどれだけ壊せば気が済むんだ?


帰宅したあと

その他部員からもらった義理も、


ちゃんと美味しくいただいたのだが、

マジで和の残りを最後に食べた。


何でか知らないけど

クッソ興奮した。


おかしくなっているところを、

多分、親に見られた。




ーーーーーー




未だに、和の分泌液交じりの

チョコの感触は、


忘れられない程

強烈に覚えている。


プレゼントは真っ当でも、

それに付随する"思い出"がおかしい。


何度もこういう思い出が

積み重なってしまい、


気付いたときにはもう

戻れなくなっていた。




◯◯:和~、


和:ん、


◯◯:ポッキーゲーム、的な。


話は今に戻って、

俺はメッセージプレートを咥えている。


嫁は俺の意図を汲み取って、

頬を赤く染めて近寄ってくる。


和:こんなことするの、今日だけですよ。


◯◯:へいへい。


チョコで出来たプレートの

それぞれの端っこを、


抱き合いながら

口で溶かしていく夫婦。


和:…んふっ


◯◯:しゃいこうっす。


我々男性とは違う"構造"、

"柔らかさ"、


…興味深い。


もうさ、

チョコ見るとさ、


こういうことしか

考えつかないのだよ。


和さんのせいです、

俺をこんな人間にしたのは。




ーーーーーー




続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?