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虚無感

生きていて何の意味があるのかと思うことがある。

私はいつも死の恐怖に怯えている。

自分が死ぬことは怖くない。

自分を残して誰かが逝くのを恐れている。

2歳下の弟は19歳で旅立った。

自死だった。

「ずるいよな。」

そう思った。

「私だって死にたかったのに、どうして?」

「自分ばっかりずるいよ。」

そう思った。


数年前には友人が、事故で呆気なく旅立った。

友人と言っても年齢は違う。

彼はまだまだ人生これからの32歳だった。

「どうして?」

その時は信じられない思いが大きかった。

人はこうして簡単に、突然いなくなるのだと初めて実感した。


半年前、今度は父が自死した。

「疲れていたんだね。」

そう思った。


大切な人を1人失うたびに、私は自分が残されることの恐怖に怯える。

自分が死ぬことは怖くない。

残されるのはとても怖い。


もう私の前から誰もいなくならないでほしいと思う。

誰かが突然自分の前からいなくなる。

それを考えると怖いのだ。

私は最初からこの世界に1人なのではないか。

全ては幻想で妄想なのではないか。

現実創造のそれや、スピリチュアルなことや潜在意識のあれやこれやがぐるぐるし出す。

そうか、結局は幻想か。

全ては必然かもしれないし、そうではないかもしれない。

目の前で起きることはただの出来事。

全てが単なる出来事で、それは流れて消えていく。

人でさえ、流れて消えていく。

この世界は自分が全て。

自分の意識が生きていれば、この世界がある。

自分の意識が無くなれば、この世界は消える。

私の意識で創られたこの世界は、私が生きている限り消えず、私が死ねばこの世界も消える。

ただそれだけのこと。

恐怖もただ在るだけ。

飲み込まれる必要はない。


生きていることに意味などないのかもしれない。

あるのかもしれない。

生きていることへの虚無感も、ただ在るだけ。

ただそう感じるだけ。

意識がある限り、私たちの世界はただ在る。

それだけ。





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