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『大翼竜ジゴラスと怪獣博士』 第1話

第0話がありますので、そちらを読んでいただくとよりわかりやすいです。


第1話「異変」

2020年。
日本の某所にある、るるい町。
そこには「るるいタワー」と呼ばれる電波塔があり、50年ほど前に襲来した大翼竜ジゴラスがタワーに飛びついたまま石化し、観光スポットになっていた。

だが、この通称「ジゴラスタワー」を目当てにやってくる観光客は、30年前をピークに減少傾向にあり、一時は人で溢れかえっていたるるい町商店街も、現在はその店の半数が閉店している。

るるい町商店街にある、酒屋の「細重(ほそじゅう)酒店」は、創業70年になる老舗の酒屋である。
黒ずんだ木造の作りの店内は住居を兼ねており、入り口すぐにはビールや日本酒、焼酎や、おつまみや調味料などが狭いスペースに並べられている。

店の奥は土間になっており、小上がりに和室と住居スペースに繋がる階段がある。
土間にはボロボロのテーブルや簡易的なイスや七輪などが置いてあり、普段客が少ない時はおばあちゃんがそこに座って相撲を見ている。
今では大分減ったが、近所の住人や観光客が、酒屋で買った酒やつまみをそのスペースで飲んだり食べたりする“角打ち”という文化が残っているのだ。

この細重酒店の3代目店主、小野寺浩司は約10年ほど前にこの店を継いだ。
店を継いだ時点ですでに経営はひっ迫していて、浩司はジゴラスタワー関連のオリジナル商品の開発に力を注いできていた。
ジゴラスタワーのシルエットをパッケージにしたジゴラスビールは、立ち寄った観光客は手土産で購入していくが、そもそもの観光客が減った現在は売り上げも落ちている。

浩司には妻の貴子と、10歳になる息子の勇司(ゆうじ)がいる。


「はい、じゃあみなさん、夏休み中もきちんと規則正しく生活して、元気にまた会いましょう。さようなら」
担任の教師はそう告げると、教室を出て行った。
勇司がランドセルに教科書をしまっていると、同じクラスの大賀(たいが)がやってきた。
「勇司さ、自由研究なにするか決めた?」
「うーん、なんとなくは決まってるよ。大賀は?」
「わかんない」

夏の日差しが悪魔の様にアスファルトを焦がしている。
勇司と大賀は人通りの少ない商店街を歩いている。
勇司は近眼で顔の半分もあるほどの大きな眼鏡をかけていて、体も華奢だ。大賀は細重酒店とほど近い菊池理容室の息子で、肥満でいつも汗をかいている。
2人は保育園からの友人で、体格も性格も違うが家族ぐるみの付き合いでなんとなく一緒にいることが多かった。
「大賀はどこか行くの?夏休み」
「なんか、秋田のおばあちゃん家くらいかな。あとはお店もあるから…」
「いいな。うちはおばあちゃんも一緒だからどこにも行くところないよ」
大賀は交差点に差し掛かると
「あ、じゃあね。ラジオ体操で」
そう言って歩くのもしんどそうに帰って行った。大賀を見送った勇司は、小走りで家に走って行った。

細重酒店には、ちょうど夕方で長く伸びたジゴラスタワーの影がかかっていた。
勇司は店の前に着くと、タワーを見上げてランドセルからノートを取り出してメモを取った。
店内では、浩司がお酒の並べており、奥ではおばあちゃんがテレビを見ていた。角打ちのスペースには、常連の作業着を着た中年男が2人テーブルを囲み、くすんだベストを来た高齢のじいさんが小上がりに腰掛けていた。

勇司は土間に入り、
「こんにちは」
と挨拶をする。
「お、息子さんおっきくなったな」
と作業着の中年の1人が声をかけると、テレビを見ていたおばあちゃんが
「もう10歳だもの」
と、何度も何度も繰り返してきたやりとりをする。
勇司は靴を放り投げて小上がりに上がると、そこに座っていたベストのじいさんが
「おい。ちゃんと靴ぐらいは並べろ」
と低い声で言ってきた。

勇司はこのじいさんがとても苦手だった。
勇司が物心ついた頃からすでにこの店の常連だったが、他の客やおばあちゃんと話しているところを見たことがない。
いつも1人で日本酒を飲み、黙ってテレビを見ている様な見ていない様な感じで、何本もタバコを吸っている。
笑っているところなど見たこともなく、いつもつまらなさそうにしているのにどうして来るんだろうと、勇司には不思議だった。
そして、たまにこうやって叱られる。
父の浩司やおばあちゃんもこのじいさんには何も言わないので、勇司は何度も文句を言ったことがあるが、その度に
「あの人はいいんだよ」
と流されてしまっていた。

勇司はこういう時に逆らっても仕方ないと知っているので、
「はい」
とだけ言って、靴を揃えて2階へ上がって行った。
じいさんは勇司を見もせずにタバコをくゆらせていた。

勇司は、自分の部屋の勉強机にノートを広げた。
ノートには
「自由研究・ジゴラスタワーの謎」
と書いてあり、ジゴラスタワーの影について書かれている。
「2020年、7月31日、ジゴラスタワーのかげはついにぼくの家を日かげにしてくれた」

勇司は、机の棚に並べてある別のノートを取り出した。
そのノートには
「2019年、7月31日、ジゴラスタワーのかげはとなりの久保田さんの家までしか来ていない。もう少しのびてくれたら家が日かげになって涼しくなっていいのになぁ」
と書かれていた。

勇司は目を見開いて小さな声で呟いた。
「やっぱり…大きくなってる」


つづく

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