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柊キライとの関係性を語りたい

時代はアイドル全盛期だ。握手券兼選挙権のおまけでCDをつけるというイノベーションで、オリコンチャートはたちまち機能しなくなった。10年くらいずっとオリコンチャートはそんな場所になった。

アイドルを好きになることについて

アイドルに心酔して、CDを買って、握手をする。ライブに行ってワラワラ踊っている中に推しメンを見つけて、客席で我を忘れて叫ぶ。グループのスキャンダルがニュースになると、気持ちがさざなみだってまともではいられない。推しがアイドルを卒業したときには、失恋したときでも流さなかったような大粒の涙を流す。これはこれで極めて現代的な関係で、何か純粋な愛の形なのかもしれない。

「まともに人と会話もできなくて、学校では恋人はもちろん、友達だって上手く作れなかったぼくが、はじめて自分の意思で握手会に行って、推しの◯◯と会ったんだ。実物の◯◯を見たときは信じられなかった。写真で見るより、映像で見るよりずっとかわいかった。グループで一番人気があったから、行列は長かったから相当待った。けど順番が近づいてきて、◯◯が見えてくると、胸がドキドキして苦しくなった。頭に血がのぼって、少しでもこの状況をはっきりと覚えていたいのに、どんどん意識が遠くなっていくんだ。そしてぼくの番が来た。◯◯が目の前にいた。『おまたせー』とぼくの目をまっすぐに見て言ったんだ。ぼくはその瞬間に、何もかも許されたような気がした。当時はまだグループは売出し中だったから、剥がしもちょっと遅めで、どのぐらいかな。感覚的にはものすごく長く感じたよ。◯◯はなにか話しかけてくれた。たぶん『どちらから来たんですか?』と言っていたんだと思う。ぼくは何か答えようとしたけれど、上手く言葉にならなかった。もごもごと自分で何を言っているのかわからない言葉を発していた。◯◯はまっすぐぼくの目を見て、懸命に聞き取ろうとしてくれた。ぼくはその目を直視できなくて、少し俯いて、ただ彼女の両手で包まれた自分の手を見ていた。◯◯はぼくがうまく喋れないことを察したみたいだった。握っていた手に少し力をこめて、『今日は来てくれてありがとう』とぼくに言ったんだ。その微かな力と体温が、今でもぼくを生かしている、そんな気がするんだ」

アーティストと関係を築けなかった

僕はアイドルにハマれなかった。だからといって、ロックフェスに行ってアクティブに現代邦ロックの最先端を追うような人間でもなかった。人生において、何かに心酔する、ということができなかった。別にアイドルじゃなくても、素敵なアーティストはいっぱいいる。けれどどこか一線を引いている。「好きなアーティストなに?」と聞かれたときに、まっすぐ一番を答えられない自分に、悲しさを感じる。
一通りの邦楽アーティストは通ってきた(通ってきた、という書き方自体がもう聴き方として不純なのかもしれないが)。音楽の聴き始めは、小学生のときに父親が車のCDプレイヤーで流していたフォークソング全集みたいなやつ。中学にあがる前後でこれも父親が聴いていたサザンオールスターズのベストをひたすら聴くようになる。子供の趣味に与える親の影響は、特に小さい頃は絶大だ。そこからL'Arc~en~CielやT.M.Revolutionのような、ちょっとV系寄りのJ-POPから入った。それから色々な音楽を聴いた。「色々」と書いたのは、それについて詳細を書くと、柊キライの話が書けなくなることに気づいたので、割愛したということだ。ほとんどは邦楽で、有名どころの洋楽も少しだけ入っている。

柊キライとの遭遇

いつからかCDというものを本当に買わなくなった。僕の中でCDは、意地でもiTunesで音源を出してくれない曲を、どうしても聴きたいから仕方なく買う円盤になった。

SpotifyやApple Musicのようなサブスクリプション型サービスが流行ってからは、音源を買うどころか、新曲はサブスクリプションでなんとなく聴けるものになった。リスナーからすると、こんなにすばらしい時代はない。僕はApple Musicを使っている。

Apple Musicでは、
「My Favorites Mix」(毎週火曜日更新)
「My New Music Mix」(毎週金曜日更新)
「My Chill Mix」(毎週日曜日更新)
という3つのプレイリストが毎週自動配信される。
僕は長い間このプレイリストを無視していたが、今年(2019年)に入って、「せっかくこんなレコメンド機能があるんだから、活用してみるか」と思って、聴くようにした。
「My Favorites Mix」は、だいたい自分が少し前によく再生した曲を掘り起こしてくるような内容になっている。Spotifyを使っている人は、よく「自分でも気づかなかった好きな曲がレコメンドされた!」と感動しているけれど、「My Favorites Mix」が薦めてくるのは何だか「好きだけど、うーんそのアーティストのそのアルバムならもっと違うのがあるよなあ」みたいな、かゆいところに手が届かないものが多い。
「My New Music Mix」は、新しい曲を勝手に選んでくれるプレイリストだ。僕は今年29歳になる。ほとんど新しい流行にはついていけていない。学校やテレビというのは偉大だった、と思う。この2つから離れてしまうと、世の中の流れは、自分とは別の世界で流れている何かみたいに、まるで感じられなくなってしまう。実際「My New Music Mix」の中にあるアーティストは、6割知らない、3割名前ぐらいは聞いたことがあるがどんな曲をやっているのかは知らない、1割は昔から活動しているアーティスト、みたいな感じだった。そんな「ほとんどわからない」状態の中に、柊キライの曲がなぜか入っていた。

これがなぜ入っていたのかまったくわからない。僕はVOCALOIDは全く聴かない。初音ミク全盛期に高校生だった気がするが、VOCALOID全般をちょっと下に見ていた。

飽き飽きしてた 今日を埋める術なく
その鈍の生活の中であたしは
彼女見つけるの
(柊キライ「ブラクラク」)

最初は何かのアニメソングだと勝手に思っていた。「まあちょっと中二病っぽいけど、メロディがいい。歌詞は何言ってるのかわからん」というのが第一印象だった。2〜3回聴いて、かなり気に入ったので、この曲だけ普段聴いているプレイリストに昇格させることにした。

謎に包まれた柊キライ

そんな出会い方をした柊キライだったが、「ブラクラク」は僕の中でじわじわと人気をあげていた。僕の中にオリコンがあったとすれば、初登場は50位くらいで、そこから徐々に順位をあげて、トップ10に食い込んできたイメージだ。幸いなことに、柊キライの曲はApple Music、Spotifyなど主要なサブスクリプションサービスで全曲公開されている。ジャケットもちゃんとある。惜しむらくは歌詞がないことだが、まあこれは仕方ない。一番古い曲が「ビイドロ」で、現在の最新曲が「オートファジー」らしい。公開されているのは、全部で7曲ある。7曲しかない、と言ってもいいかもしれない。その7曲すべてを僕は自分のプレイリストに入れた。

新曲の発表は基本的にTwitterで行われる。こんな感じで。

ボカロなので勝手にニコ動が本拠地なのかと思っていたが、よく見ると1作目からYouTubeとニコ動両方を同時にあげている。僕は「オートファジー」あんまり好きじゃなかったが、動画の再生数的には伸びまくっている。

それぞれの曲には、一言だけ歌の説明がついている。

柊キライと申します。一作目です。嘘がつけない人の歌です。
柊キライと申します。四作目です。空想癖がある人の歌です。

この説明ともつかない一言とともに、唐突に曲がアップロードされる。

僕が知っている情報は以上だ。

というか、多分これ以上の情報が公開されていない。

匿名と匿名の関係

「#いまから推しのアーティスト語らせて」というテーマを見たときに、最初に浮かんだのが柊キライだった。けれどこの記事を書こうと思ってから、3週間くらいかかってしまった。当初は軽い気持ちで、「ボカロとかサブスクとか何もわからんけど、とりあえず柊キライはなんかええよ〜皆聴こ〜〜〜!」くらいのテンションで考えていたが、柊キライと自分の関係性を考えていくと、なんだか深みにハマってしまった。

もしも僕がオールナイトニッポンのパーソナリティだったら、柊キライという謎のアーティストを発掘して、日本中が無名のアーティストのよさに気づいて、急に柊キライは話題沸騰、その正体について追求がはじまって、「柊キライの中の人」がテレビに登場、そしてその後もコンスタントに音楽活動を続け、数年後僕のラジオに出演して、

柊「いや〜蔀さんにはホントに頭があがりませんよ」
蔀「はっはっはっ。でもデビュー時期の自分、情報隠しすぎやろ!」
(HEY!HEY!HEY! のテンション)
柊「いや、あの頃はそういうのがカッコいいと思ってて……」
蔀「尖ってたもんなあ自分!」

みたいなやりとりがあったのかもしれない。
(あったら嬉しいか? というのはともかくとして)
しかし実際のところ僕には何の影響力もない。僕は少し早めに柊キライを見つけることができたファンだ。たぶんこのあと、柊キライが活動を続けていけば、もっとたくさんのファンができて、僕はそのたくさんの中の1人となる。

普通のバンドだったら、全国ツアーをやるので、そのライブにたくさんいったファンが、よりそのバンドの強いファンだ、という上下関係ができる。
(ライブにほとんどいかない僕はいつも最下層のファンだった)
しかし柊キライのファンであることに、そのヒエラルキーはない。
驚くべきことに、CDを買って応援することもできない。
サブスクリプション再生は、テキトーにググったところによれば、Apple Musicは1再生1円、Spotifyは0.3円の収益が入るらしいので、Apple Musicで僕が柊キライを1回聴くごとに1円入る。
あるいはYouTubeで動画を再生すれば、広告収入で何円かは入るだろう。

僕と柊キライの関係は、とても細いものだ。
明日気分が変わって、アカウントをすべて消して、音楽活動をやめてしまうかもしれない。
向こうが活動を続けたとしても、僕の方が急に熱が冷めて、一切聴かなくなるかもしれない。
匿名と匿名の関係で、そこに体温はない。

けれども僕は柊キライのつくる、ひねくれた歌詞と跳ね回るようなメロディラインが好きだ。曲を出すたびに全く違った曲調で出してくる、その型破りなところも好きだ。アップロードのタイミングをプラットフォームごとにきちんと合わせているところも現代的な視聴者への思いやりを感じる。

終わりに

軽い思いつきから、実際に書いてみるまでに時間がかかったけれど、ようやく公開できる。文字数にして4,400字を超えた。以上が僕の柊キライに関する文章で、おそらくはApple Musicの1曲1円の収益とYoutubeの広告収入以外で、僕がファンとしてできる行為なのだと思う。この記事を読んで、もし少しでも興味を持ったなら、是非柊キライを聴いて欲しい。

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