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音楽家の死に様について。

ジュゼッペ・シノーポリ

4月20日はイタリアの指揮者、ジュゼッペ・シノーポリが亡くなった日だ。

まだ54歳だった彼はその夜、ベルリン・ドイツ・オペラでヴェルディのオペラ「アイーダ」を指揮していた。その第3幕の途中で心筋梗塞を起こす。激しい発作に見舞われたあと、彼はまだ指揮を続けようとした。しかし遂に指揮台から崩れ落ち、そのまま世を去る。訃報は一夜のうちに全世界を駆け巡った。

実は指揮中に命を亡くした指揮者は非常に珍しい。20世紀から数えてもヨーゼフ・カイルベルトほか3人しか見当たらない。

シノーポリは僕も二度ほど聴いた。カルロス・クライバーがキャンセルして急遽シノーポリがウィーン・フィルを振ったときがあった。プログラムは変更されて、確かマーラーの「巨人」になったと記憶している。それですっかりファンになり、今度はフィルハーモニー管と来日したとき、また聴きに行った。マーラーの「復活」だった。当時、シノーポリの十八番はマーラーだったのだ。

シノーポリは当初、作曲家として名を馳せた(代表曲はオペラ「ルー・ザロメ」)が、指揮者デビューしてからは名うての「知性派」として鳴らした。彼は大学で心理学と脳外科を学び、死の直前には考古学の博士号も取得したという。

シノーポリは料理も得意だったらしい。来日時、記者会見で通訳を務めた例のイタリア文学者の彼女はその誠実な仕事ぶりが気に入られ、オフの日にホテルの部屋で手料理を振舞うから食べに来ないかと誘われた。それを聞きつけたNHKはすぐさま「くつろぐマエストロの一日」的な番組を作り上げた。彼女の部屋にはそのときに撮影されたシノーポリとの写真が飾られている。

マエストロは非常にリラックスし、柔和な笑顔をたたえている。「彼がこんなふうに笑った写真は、珍しいんですって」。彼女はどこか寂しそうに僕に教えてくれた。
 
作曲家たちの死に様に、昔からすごく興味があった。

いちばんはやはりシューマン。ライン川に身を投げ、その後数年間は精神病院に伏していた彼の人生は、一般的には悲運でしかない。

でも、だからこそあの暗く憂鬱で、それでいて情念が渦巻くような音楽が生まれたような気がしてならない。

つまり、死に様は究極の縮図なのだ。そのひとの人生と芸術の。
 
交通事故に遭った後に痴呆状態に陥り、最後の5年間は一曲も作れなかったラヴェル。愛する女性の子供が迷子になったと思い込み、、その子を森の中で探すうちに肺炎にかかって死んでしまったヤナーチェク。第二次大戦終結直後、オーストリアを占領していたアメリカ兵に誤って射殺されたウェーベルン。非業の死を遂げた彼らの作品は、そのエピソードによってさらなる不思議なヴェールをまとって僕の前に示される。
 
作家・山田風太郎の「人間臨終図鑑」は古今東西の偉人の死に様を年齢順に収めた、一度読みだしたら止まらなくなる中毒本だ。中には作曲家たちの名前もいくつかあるのだが、なんだか「もう少し詳しく知りたいな」と思ってしまうものばかり。

だったら自分で調べてみよう、そしてそれを書いてみようと思いついた。
 
うまくいけば近いうちに何らかの形になるかもしれない。皆さんの協力もお借りしながら、ぜひ面白いものに仕上げたいと願っているところだ。

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