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「日本のアナ・ウィンター」とのささやかな思い出。


「日本のアナ・ウィンター」とも呼ばれた名編集長が、先月、亡くなった。

 「アナ・ウィンター」とは映画「プラダを着た悪魔」のモデルとも言われたヴォーグの有名編集長のこと。同じように彼女も数々の女性ファッション誌の編集長を歴任し、あの会社だけでなく雑誌界全体に君臨した「女傑」のひとりだった。

新人は毎朝、彼女の「ファッションチェック」にさらされる。レイアウト回しで「この写真、かわいくない」とつぶやかれると即再撮に出かけねばならない。お気に入りはちやほやされるが、烙印を押されると地獄の責め苦が待っている。

反面、細かな配慮も忘れない。編集者の机の上にたびたび置かれる「お手紙」には毎回細かな文字がびっしり踊っている。「人間は進化しなくちゃいけない」と励まされた者、「やりたいことがあるなら会社を辞めなさい」と背中を押された者、さまざまな思いが、いま、ネット上にあふれている。

 彼女はいつも「不機嫌」そうだった。苛立たし気に髪をかき上げ、信じられないような毒舌を吐いた。

そうすることが彼女のスタイルだったのかもしれない。だからたまに彼女が優しい表情を見せると、誰もがその魅力にたじたじになった。

社内にはもう一人、名物女性編集長がいた。その昔、彼女たちはひとりの男性カメラマンを巡って熾烈な女の争いをしたという。僕が入社したときは、彼女は編集部の年下の男性と恋愛関係にあった(はずだ。みんなそう言ってたから)。要するに、恋多き女性だったのだ。

 で、僕は彼女にどう思われてたかというと、意外にかわいがられてたと思う。いじわるされた記憶もないし、組合活動に必死だった僕をどちらかというと応援してくれてたように思う。

 一介のアルバイトから編集長にまで昇りつめ、ついに役員になった彼女はそのまま社長になってもおかしくなかった。でもたぶん、断ったのだろう。あるときぷっつり会社を辞め、やがてフリーの編集者として新たな雑誌の編集長になった。

そしてその雑誌の編集長のまま、彼女は亡くなった。原因はわからない。きっと僕らには永遠に解けない謎であり続けるのだろう。

 

いまの自分のことを話したら、はたして彼女はなんと言うのだろうか。

「いいんじゃない。でも、まだまだ進化が足りないわよ」

そんなふうに言ってくれるだろうか。

小柄な背中を少し傾け、ふふんと鼻を鳴らしながら。

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