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結婚パーティで感じた、音楽仲間たちのこと。


職場の同僚の結婚パーティに招待された。

同僚と言っても彼は入社5年目で、音大の大学院の作曲科を卒業して中学校の音楽教師となったが悪ガキたちにもまれて退職。その次はなんと郵便局に入ってこれもやっぱり挫折して編集者になったという強者だ。いまは30代半ば。優しく、頼りがいのあるナイスガイだ。

伴侶になるのは大学の一年後輩だったというフリーの編集者さん。つまりこの夫婦は作曲つながりなのだ。自然、40人ほどのパーティ会場には音楽関係者が集まることになる。大学の恩師、同級生、後輩たち、そして職場の仲間。それぞれがそれぞれの音楽になにがしか関わっている。これがなかなか面白かった。

赤坂東急ホテル

最初に夫婦によるピアノ連弾が始まった。

デューク・エリントンのメドレー。編曲は奥さんだという。噂には聞いていたが、彼があんなに指が回るとは思わなかった。軽快にスイングするエリントンナンバー。ごきげんだ。

途中、音大グループの女性がバラードみたいなのを弾いていた。すごくいい曲だったけど、そのときは話に夢中でちゃんと聴けなかった。それからしばらくはひたすら飲み食い。で、最後にまた夫婦による連弾が始まった。今度は作曲科の恩師がこの日のために書き下ろした曲を弾くという。いわゆる世界初演。おしゃれな和音が心をくすぐる素敵な曲だった。二人は相当練習したと思う。きっと忘れられない曲になったにちがいない。

エリントン

楽譜課の課長さんが若い人を前に何やら楽しげに話していた。グラスを持ってその輪に入る。彼女は自分たち夫婦のなれそめを話していた。夫はこれまた作曲家である。

ある日、打ち合わせに現れた未来の夫は、彼女に無伴奏ヴァイオリン曲の楽譜を見せる。「ヴァイオリンの現代曲は売れない」と判断して丁重にお断りを入れようとする彼女に彼は首を横に振って言った。「これ、あなたのために書いてきた曲なんです!」

で、結婚したわけだが、それからもいろんな紆余曲折があって、とてもこの場じゃ話せない。いつか本にするから買って読んで! 彼女は陽気に笑ってグラスを空けた。


ある雑誌の若き編集長は、いまは亡き名物編集者の生き様を語っていた。

「その人、めちゃくちゃなんです。毎日昼の2時に来て、5時には帰っちゃう。糖尿病がひどくて、週三回は人工透析なんです。結局糖尿病が脚に来て、膝から下を切断することになるんですけど、手術の前日にお見舞いに行ったら全然関係ない話をしてずっと笑ってるんです。手術後も行きましたよ。そしたら自分で脚を見せてくれて、『ほら、きれいになくなっちゃただろう?』って言ってまた笑うんです」

でもその先輩が手掛けた合唱の楽譜はどれも素晴らしいものだったと彼は語った。懐かしそうに、少し寂しげな横顔を見せながら。

マニフィカート

こんな会に出席するのはほぼ2年ぶりだと誰もが言っていた。これから自分のオーケストラの練習があるとそそくさと帰って行った上司、先週本番でシューマンの3番を吹いたという女性はトロンボーン奏者、実は僕も先週は教会でヴィヴァルディのマニフィカートを歌っていた。

いろいろ立ち行かないことも多いけど、音楽を通じて集まったこの仲間たちはいまの僕にはなかなか刺激的だとあらためて感じた週末の午後だった。

ところで、いちばん驚いたのは、いつも顔を合わせている職場の女性陣がマスクを外して食事をしていたこと。実はこんな顔をしていたんだと新鮮な驚きだった。きっと向こうも僕のこと、同じように思ったんだろうけど。

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