[短編小説]未来の自分
事件は2022年に起こった。
わたしは、公園のベンチに座っていた。夏が終わりに近づき、蝉の鳴きも聞こえなくなり昼間の気温も涼しくなって過ごしやすい日々が続いていた。長袖のTシャツにジーパンという格好で本を読んでいた。
突然、わたしはこの瞬間を体験したことあるという感覚に陥った。本に書いてある文章が既視感を与えたわけではない。周りにある自然が風で揺れて、メッセージを与えているように感じた。
すると、わたしは右斜め前にあるベンチに座っている男の子に気づいた。一目見ると、高校生くらいだとわかる。ブレザーの制服を着ていた。サッカーボールを四つ入れたリュックを膝の下に置いてある。下を向きながら俯いていた。
その瞬間、わたしは自分が体験したことを思い出した。すぐにその男の子に向かっていく。
「俯いて、どうしたんだい?」
わたしは、男の子に言葉をかけた。彼は、顔を上げてわたしを見た。
「なんですか? 急に別に何でもないです。部活で疲れていて休憩していただけです」
「そうか。もしかして、君は高校生になってから友達が出来なくて不安になっているではないか?」
「え? そんなことないですよ。でも、自分が思ったような友人はできていないです。男子校独特の雰囲気があって。どうも学校に慣れないのです。いつも一人で登校しています。昼ご飯も一人で食べていて。なんだか寂しいです」
「そうだろ。君は、そのうち大学でも同じような思いを感じるようになるからね」
わたしは、彼を上から見下ろして言う。すると、彼が立ち上がった。
「何言っているのですか? よくわからないこといわないでください。僕の未来は明るいはずです。おじさん、変なこと言わないでください」
「おじさんとは何だ? まだ、私は三十五歳だよ。高校生から見ると、おじさんかもしれないながな」
わたしは苦笑する。
「もう僕は行きます」
彼が動き出そうとしたとき、わたしは彼のことをさえぎる。
「まあ、そう言わずに。君は、鈴井良介だろ」
「なんで、僕の名前を知っているのですか?」
彼は驚いた表情を見せて動きを止めた。わたしの方を見る。
「わたしも鈴井良介だからだよ。十九年後の君だからね」
「そんな……。あなたが僕ですか? そう言われてみれば顔が似ているような。眼鏡を掛けているからですかね。わからなかったです。そんなことがあるのですか?」
わたしは自分の見た夢のことを思い出す。そう、わたしは十九年前に夢の中で、十九年後のわたしに出会っていた。
「まあね。君のいる世界は2003年だろ。ちょうど、わたしが高校生になったときだ」
「そうか、ここは夢で2003年と2022年が繋がっている……」
「そう。でも君は、眠りから覚めるとこのことは忘れるから。わたしがすべてを話しても覚えていない」
「僕は、どうなるのですか?」
「そうだね……。あなたが、三十五歳になっても母さんは元気で、そのほかの兄弟もしっかり生きている。でも、君が大学生になったあとすぐ、父さんは亡くなってしまう。それで、精神的なダメージを負うことになる」
すると、彼はベンチに座って俯く。
「そんな……。そんなこと言わないでくさい。父が亡くなってしまうだなんて」
「未来を知ることは怖いことだよね。でも大丈夫だから。それに、人の命はいつか亡くなるものだよ。君の父さんは若くして亡くなるけど、君は自分らしく生きていけばいい。大変なことがあるけど、周りにいる人を大切にすることだね」
「わかりました……。僕は、部活があるんで。ここから、もう行きます」
彼は、サッカーボールの入ったリュックを背負い、学生鞄を持ち去って行った。彼の姿が見えなくなるまで視線を送った。遠く方まで行ったあと、わたしはもともと座っていたベンチに戻ろうと振り向くと、すぐ目の前に、わたしに似た五十歳くらいの男性がいた。視線が合うと、彼はニヤリと笑いながら、口を開いて話かけてきた。
了
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