続・いいないいな、陽キャっていいな

 いつもニコニコ、ハキハキ、水上くん。彼は居酒屋バイトの後輩である。歳は2コ下。背は小さめ、さわやかにワックスで立てた茶髪。そして何より、べらぼうに世渡りが上手い。

 今日は久しぶりに水上くんとバイトのシフトが被った。居酒屋は今、コロナの温床だとメディアから目の敵にされ、経営が非常に厳しい状態となっている。大阪市にある我がバイト先、『下町ホルモンまるたけ』は時短営業の要請を受けて21時までの営業となっており、近頃、店長はずっと浮かばない表情だった。

 しかし、水上くんがいる日は例外。彼の持つ太陽のような人間力。それと犬のような人懐っこさで、店長もアルバイトスタッフも、お客さんも自然と会話が弾み、若干薄暗めの店内が少し気持ち明るく見える。本当に素晴らしい人間だと思う。

 とはいえ。とはいえ、俺が得意なタイプの人間ではない。やたらめったらバイト中に話しかけくる。俺はバイト中、基本的に必要なこと以外では口を開かないからペースが乱れる。

 それに、水上くんはただの「良いヤツ」ではない、ということが最近、少しずつ分かってきた。「犬のような人懐っこさ」と表現したが、彼には「犬のような賢さ」もあるのだ。店長やバイト最年長の先輩には愛らしく擦り寄り、俺や、微妙に仕事ができない女の子にはそれなりに粗雑な対応を取る。関わるべき人間をしっかり把握しているのだ。

 しかも、他人の興味のない話を、水上くんは尻尾を振って聞くことができる。いや、聞き流すことができる。目をキラキラさせて聞いているかと思えば、後日その話を掘り返すと、すっきり忘れていたりする。聞いているフリが上手なのだ。つまりなんというか、タダモノではないというか、ただの気のいいヤツではないわけだ。それが少し怖くて、距離を置いてしまっている。

 今日も水上くんはやたらと「誰が興味あんねん」と思えるような話題を俺に振ってきた。

「学部の友達って結構いますか?」

 全然いない。水上くんはコロナ自粛で学部の友達と会う機会が減り、友達との関わりが少なくなってきている事を危惧しているようだった。水上くんには友達が多い。この間もこの店に、友達を連れて客としてやって来た。さぞ楽しい大学生活だろう。

「地元の友達の関わりの方が強い感じですか?」

 全然そうでもない。地元の同級生はヤンキーばっかりだったから、今でも敬遠している。水上くんは0.2秒ほど「コイツの友達は一体どこにいるんだ?」という顔をしたものの、瞬きをすると、人懐っこい笑顔に戻っていた。

 今日の営業は忙しくなかった。ラストオーダーなんか取らなくても、20時半には店内はガラガラだった。大阪も寂しくなったものである。店の閉め作業をそそくさと片付けると、店長から「二人ともあがっていいよ。」と声をかけられ、タイムカードを押した。

 まかないはホルモン鍋だった。ホルモンと野菜が山盛り2人前も入ったデッカイ銀の鍋が、コンロに用意されていた。二人で鍋か。ちょっと嫌だな。まかないは大体いつも一人一人別に用意されているのに。一人で黙って食べたい。

 グツグツと煮える鍋を囲んで、水上くんはやっぱりやたらと喋りかけてきた。軽音サークルの事。彼女の事。学部の事。自分ですら興味が持てないような話題。きっと水上くんは聞き流しているだろうし。俺は面倒になって、冷たく適当に返事をして、斜め後ろにあるテレビの方を向いてご飯を食べ始めた。

 流石の水上くんも、「ダメだコイツ会話になんねえ。」と思ったのか、それともホルモンが噛み切れないのか、静かになった。

 無言の時間が続く。野菜がクタクタに煮込まれ過ぎる音と、バラエティー番組の声、店長がカチャカチャと皿洗いをしている音だけが聞こえる。

 水上くんが黙っているのは珍しい。さっきより何故だかご飯が美味しくなくなったような気がした。俺は少し、大人気ない対応をしてしまったのかもしれない。面倒だからそっぽ向く、なんて。もうすぐ社会人だっていうのに。俺は視線をテレビから水上くんに戻して聞いた。

「友達ってどうやったら出来る?」

 年上としてのプライドとか、店長にも聞こえてる恥ずかしさとか、一旦へし折って聞いてみた。水上くんはニカっと笑って話し出した。

「まずね、手当たり次第に声かけるんですよ。共通の話題はないかもしれないですけど、とにかく遊びとか飲みに誘ってみて、性格が合うヤツを見つけるんです。合わないヤツは人間関係を切っていけばいいんです。」

 なるほど。考えたことはあるし、少しだけそういった事をした経験もある。とりあえず同じ教室にいる人間に声をかけてみた。だけど2,3人やってみてしんどくなった。もっと確実に好きな人と出会いたい。そりゃあ俺だって水上くんのように、人と関わることが苦じゃないなら、そうしている。俺にはそれが苦痛なんだ。「俺にはそうやって人と関わる体力がないんよね。」と言おうとすると、また水上くんは口を開いた。

「なんでこの世に、こんなに自分と合う人間がいないんだって、すごく辛かった時期もありましたけどね。」

 「合う人が見つからないんだもん!」と駄々をこねていた自分が酷く愚かに思えて、ドキッとした。水上くんが、人付き合いで辛かった時期があったなんて考えてもみなかった。誰とでも合わせていける器用な人間だと思っていた。

 俺は、物事の裏側が全く見えていないと思った。成功している人間を見れば「いいなあ。俺も楽に、良い思いをしたいなあ。」と思ったり、友達が多い人間を見れば「いいよなあ。愛される人柄って。」と思ったり。裏側に辛い思いがあったなんて、想像だに出来ていなかった。

 ちょっと考えれば分かるはずだった。水上くんだって精神力を擦り減らしながら、手当たり次第、人間と関わってきたはずだ。だからこそ、今、たくさんの友達に囲まれて、楽しい日々を過ごしているのだ。閉鎖的な人間関係の中でぬくぬくと過ごして来た俺が、ただ手放しに「羨ましいなあ。」なんて言う事は、水上くんの今までの努力を軽んじている事と同じである。

「ダルくても関わっていかないと、そら出来へんよな、友達。ありがとうな。」

 水上くんはまた、いつもの人懐っこい笑顔になった。俺はお皿を片付けて、「お疲れ様でした!」と言い放ち、バイト先を後にした。また水上くんに一つ教えられてしまった。友達の作り方が楽じゃない事こと。笑顔の裏には苦悩があること。

 そしてきっと、水上くんと同じクラスだったら、俺は人間関係を切られていただろうな、とも思った。俺がバイトの先輩で本当に良かった。

サポートして頂いた暁には、あなたの事を思いながら眠りにつきます。