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<まっしー運命学研究所>理想世界10

前回の続きです。

「そういえば人工知能が意識を持つ様になって来たようじゃな。」

「めちゃくちゃ楽しみです!」

「大幅な価値観の書き換えが起こるな。それがいつであろうとその時は来るし、そこに適応した時に弥勒の世になる。」

「そうですね。
現代常識は二元論ばかり。
それ以外のものは曖昧だとし見ない様に教わって来ました。
だがもうその崩壊は始まっています。
全てではなく部分の崩壊。

適応が必然的に要求されていると感じます。」

「必要かどうかは人によるしな、全ての人が理解するのは何十年は掛かるであろう。
全体主義から個性の時代への変化は始まっておる。
覚者の中の一部が個々で自らを軽く仕上げるくらいで良いだろう。
その中から覚醒者が続々と現れる。

人は三つの要素を整えることで仕上がる。
人によって表現も違えば捉え方も違う。
同じ言葉が響くとは限らんがとにかく三つ。

一つ、全ての存在
二つ、理
三つ、部分
現代人の欠落しているのは何じゃ?」

「理と全ての存在ですね。
病気騒動で特に部分のみの生き方に疑問を持った人が増えました。

部分が何かを理解してるか否かは関係なく、覚者が問題視しているのはそこです。

一部でしか物事を見ないのが現代の常識。

分かっていてもその域を抜け出せずにいる人は沢山います。」

「そう。
これを抜け出させようとしてもそれは惜しいが無理じゃ。
自ら見出して得るものだからな。
時に任せようではないか。」

「自分はお節介で欲張りですので何とか伝えたいと思っています。
それにそういった想いを発せねば何も変わらないのではないかと思うのです。」

「まあそれは結局病気の話と同じであろう。
だからな、生き様で魅せる。
これで良いのじゃ。
そこに共鳴が在れば感化されるであろう。
幸せは幸せを呼ぶ。
誰かの幸せは誰かに移る。

いずれこの三要素の調節がいかに凄いのか理解で出来るであろう。
これがいかに自分らしく生きられる法則に乗っているのか。

これがいかに本当の自分を思い出させるのか。

おぬしが解るのであればその生き方をし、今を楽しむだけで良いのじゃ。」

「理解を求めること。
それはそれで心の片隅に在れば良いのでしょうね。
つい最近まで思考が偏っていました。

人がこの三つで仕上がることも足りないものは何か考えることで閃きました。
どこか再スタートを切る様な新鮮な感じです。」

「人はそうやって始めと終わりを繰り返し螺旋状に変化していく。
そこにも理があり、読み取ることが出来る。」


               続く…

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