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インド・カースト制度考(2022年第1回)

インド事務所に出張中なので、市場調査の一環として、インド社会について資料収集・研究をしています。

インドで資料収集する利点のひとつとして、英語資料がふんだんに入手できることがあります。かつて英国の植民地だった時代の名残で、評価しにくい利点のひとつなのですが、インド人の気持ちは別として、私のようなガイコク人にはたいへん助かります。

インドの市場調査については、ほとんど優秀なる我が社のインド人所員や、外部業者に任せているのですが、私自身の直案件となっているテーマがあります。実はそれ、カーストに関するものです。インドでは今に至るもたいへん微妙なテーマなので、こちらはインド人スタッフに託すわけにはいかず、インド事務所長たる私の直案件となっているのです。

日本ではインドのカーストというと、「バラモン(司祭階級)、クシャトリア(王族・武士階級)、ヴァイシャ(商人階級)、スードラ(農民、サービス階級)」というイメージがあり、またこの4カーストに含まれない「アンタッチャブル(不可触民)」とされる人たちの存在も、広く知られているところです。
※それ以外にも、少数山岳民族らは「Scheduled Tribe(指定部族)」と分類されています。こちらはカースト外という位置づけです。

出張ベースながら長くインドと関わり、かつこのテーマの学びを深める中で、「カースト」は身分階級というよりは、どちらかというと「職業差別」という印象が強まってきました。というのも、インド・ローカルの人権擁護NGOスタッフから、「スードラ階級は、さらに6,743もの小階層に分かれる」という説明を受けたからです。しかもどうやらこの小階層。職業で区分けされているらしい…。

基本的には、「浄」「不浄」が基準で、トイレ掃除や葬儀で遺体を扱う人たちなどが、より低いカーストに位置付けられているとのこと。しかもかつてのインドでは、こうした職業は世襲でしたから(今でも農村部は職業世襲が一般的)、大昔のインドの支配層(紀元前2世紀頃?)が、浄・不浄をもとに職業に上下差別を設け、それを民衆の意識の奥深くに刷り込むことで、統治を盤石にしようとしていたのではないか、と理解しています。今のところは。

さて、この「6,743」もの小階層。当時インドに存在していた職業の数に相当するようだ、ということがわかりました。

このNGOスタッフも、6,743という数字は覚えているものの、具体的なリストは所持していないそうです。また、彼が書き出すことができた小階層の名称は、24だけでした。24でも、すごいことですけどね。

いずれにせよ、6,743の小階層カースト。あまりにも細かすぎて、小階層のどのカーストが他のカーストより上なのか、あるいは下なのか、正直、わかる人はこの世に存在しないだろうということです。ただこれまでの歴史の中で、差別を受けてきた集落、地区があるのは事実で、それが今でも慣習的に続いている…。これが現在のカースト差別(職業差別)の現状なんですね。

ヒトの移動が少なかった昔なら、歴史的積み重ねにより集落毎で上下関係が明確だったことでしょう。しかし今は、移動が容易になっている時代。ある村の低カーストの人が、例えば他州の村に移住し、スマホ販売店を開業するとします。その村にも低カースト層が存在することでしょうが、では移住してきたスマホ店長と、その村の低カースト層のどちらが上位になるのかというと、正確なところは誰もわからない…。さらにいえば、カーストは「世襲されている職業による差別」の影響が強いわけですから、大昔に存在しなかった「スマホ店経営者」のいう職業は、もはやカーストでは位置づけができないはずです。

但し、その時に参考になるのが、「姓」。何しろ職業世襲が歴史的伝統ですから、長い時間を経て「姓」がそのまま「カーストの定規」として使われるようになってしまったわけです。そして、全体の中でどの「姓」がカーストのどこに位置付けされるのか、そのような参考書が内密に上位カースト内で出回っている、というのです。

しかし、その参考書。地域毎にあるようですが、先述のとおり、6,743の正確な分類は、誰も知りません。それゆえ、内密に出回っているらしい「姓差別(性差別ではなく)」の参考書は、どれも不正確。その地域の上位カーストにいる後世の人たちが、自分たちの都合のよいように勝手に編集したものだと言われています。

しかも、例えば「Kumar」のように、多くの職業階層に存在している姓もあります。こうなると、もはや上下関係の判断はお手上げです。

いやはや、複雑。
もともとは「浄・不浄を基準にした職業差別」が基本だった(はず)なのに、社会の近代化によってそれが維持できなくなったので、次の定規として「姓」を持ち出してきたものの、それも根拠・関心が薄く、どうもこの制度の維持は困難になってきているようです。

日本の教科書に記載されているほど、インドのカースト制度は単純ではありません。私の研究は、まだまだ続きます。

ただ、ひとつだけハッキリしていることがあります。それは、伝統的な農村部はとにかく、もはや都市部では、カーストによる出自など気にしないインド人が増えていること。インドのカースト制度も、時間の流れと共に、徐々に形骸化してきているのです。

だから、それに危機感を覚える上位カーストも出てきます。

明日(3月29日)はその危機感について、記事にしたいと思います。


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