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インド・カースト制度考(2022年第3回)

インドに出張中です。

この2日、カーストに関する考察を続けて記事にしていますが、今日は3回目。今回でこのテーマは一旦終えます。

私のカースト理解の重要な情報源は、人権擁護、人権啓発を活動の柱としている地元NGOです。

身分差別が根強く残っている農村部で活動をしているがゆえに、差別の実態については詳しいのですが、カーストの起源や上位カーストへの批判に関しては、中立的だと断定しかねます。すなわち、このNGO指導者やスタッフの主観が、私のブログにも反映されていることをご理解ください。

今回は、インド社会の近代化に伴ってカースト制度が衰退すると期待されていたのに、なぜ今もカーストによる差別が根強く残っているのか、という点がテーマです。どうやらその背景には、政治が大きく関わっているようです。

「日本会議」という団体をご存知でしょうか。

日本の伝統や文化を次世代に継承し、「ますます深刻化する我が国の危機的状況を打開し、新世紀に生きる国家・国民の将来を展望する、新たな国づくり、人づくりをめざした広汎な国民運動の形成」を目指している団体ですが、日本で最大規模の保守系団体とされ、自民党、日本維新の会、立憲民主党(数人程度)の国会議員も関係しています。

インドにも、ヒンドゥー至上主義者で構成されている組織があります。「民族義勇団(RSS)」と呼ばれる団体です。1948年にマハトマ・ガンジーを射殺した青年ゴードセーも、この団体に所属していました。彼の殺害動機は、ガンジーがイスラム教徒に融和的過ぎる、との思い込みからです。

このRSS。あくまでもヒンドゥー教に基づいた社会づくりを志向する団体ですが、この団体に所属している人たちが結成した政党が、現在のインド政府与党「人民党(BJP)」です。現在のモディ首相も、このRSSに属しています。

人民党は、2000年前後に政権を担ったことがありますが、総選挙での得票率は20数%。ところが、現在のモディ首相が党の要職に就任して以降、同党への支持率が30%超えとなり、2019年の総選挙では得票率37.5%、獲得議席543中303と、圧倒的な強さを示しました。

なぜ、こんなにモディ人気が高くなったのか。

第一には、イスラム教徒への徹底した迫害です。インドの北西部に位置する隣国パキスタンは、2億3,000万の人口をかかえ、そのうちイスラム教徒が97%を占める国です。1947年にインドから独立したのですが、インド北部のカシミール地方の帰属については両国が激しく対立。今に至るも、小規模な武力衝突が発生しています。

カシミール地域の紛争が、両国の核兵器開発・保有につながったのですが、パキスタンは政情が安定しない分、多くの武装組織が暗躍しており、そうした状況の中でテロリストがインド国内に入り込んでくるケースが懸念されています。それゆえモディ政権は2019年12月、インド国内に住んでいる不法移民者のうち、イスラム教徒以外の人たちに、一定条件のもとでインド国籍を与えることを決めました。イスラム教徒がこの恩恵から外された意図は、身元が定かでないイスラム不法移民者を強制的に国外退去とし、テロ組織構成員が、不法移民のネットワークを通じてインド国内に入り込んでくることを防ぐためです。これは、イスラム教徒不法移民者にとっては酷い政策ですが、多くのインド国民にとっては、安全保障の観点から歓迎されるものでした。

第二には、経済格差の拡大と、社会の変容。

インドは外国の資本を受け入れたことで、近年大きな経済発展を遂げています。モディ政権になって、コロナ禍前までは年率7%前後の高成長率を誇っていました。しかしその恩恵は一部の人たちに限られており、農村部や多くの人たちの生活は、まだまだ苦しいものがあります。こうした格差を「西側経済の欠陥」と決めつけ、「インドの伝統的な文化(つまり、ヒンドゥー教文化)をもって、その欠陥を補おう」という主張がでてきていることは、注目に値します。

一方、スマホやテレビの影響、あるいは外国文化の影響で、一般家庭の状況も変化してきています。これまでは親同士が話を決めたお見合い結婚が当然だったインドで、恋愛結婚が増えてきています。カーストを超えた恋愛も、珍しくなくなりました。会社で働く女性に至っては、都市部ではもう、当たり前です。

それは自由社会の到来ではありますが、逆に、父親や男性の権威が失われてきている、ということにもつながります。特に、若者が年上(両親)を尊重しなくなったり、性的なことも含めてモラルが低下しているなど、大きな社会問題になっています。インドからの報道で、低カースト女性への性的暴行事件を目にしますが、本来カースト差別の考えは「不浄に触れない」ということですから、低いカーストの女性と性交するなんて、まったくあり得ないことなのです。これはカーストの問題というよりも、性モラルの低下に起因しています。

人民党はこうしたモラル崩壊も、ヒンドゥー教文化を復興させることで修正していくことが可能だと考えています。たしかに「不浄」の思想が復活したら、低カースト女性に触れたいと思う男性は少なくなるでしょうけれど。

大きな政策を主導するためには、強い政治基盤が必要です。

人民党は、国民の80%近くを占めるヒンドゥー教徒のプライドに訴えることで支持基盤を強化し、なおかつ経済的な結果を出しています。国際的にも、アメリカと対等に渡り合い、ロシアからは支援が求められる大国にまでなりました。インド国民のプライドは、十分満たされているのです。

しかし人民党や民族義勇団としては、ヒンドゥー教徒のプライドを高めながらも、とはいえカースト差別を推奨しているわけではなさそう。いやモディ首相の本音は、経済発展のためにはカースト差別は有害だ、という考え方ではないかと思います。しかし一般市民の中には、さほど深い思慮をすることなく、「ヒンドゥー教を尊重する=カースト差別を尊重する」という結論に至る人もいることでしょう。また、そう受け取ることが自分の利益になったり、優越感を覚えることにつながる立場もあるわけです。
※ちなみにモディ首相のカーストは、低い方の部類(Other Backward Caste = OBC)に入ります。

これは、「日本は素晴らしい国だ、誇りを持とう」という呼びかけが続くうちに、一部の人たちが「日本人は〇〇人より優秀だ」「○○人の文化は最低だ」という一方的な比較に走ってしまう状況に近い。ましてやインドでは、カースト制度がありますから、より強く「インドの伝統文化を大切にしよう」→「ヒンドゥー教を尊重しよう」→「カーストもヒンドゥー教の伝統文化だ」とつながっていくのだと思います。

大国、インド。国民が誇りを感じる母国。インドがここまで至ったのは、インドの伝統文化が、まったく正しいものだから。モディ首相の主張は、これではないでしょうか。

たしかに、インドの伝統文化が豊かであることは間違いありません。しかしその伝統文化の中には、カースト制度のような負の側面もありましょう。インドがそうした負の側面をどう解決していくのか。私はもうしばらく、観察を続けたいと思います。

核兵器をもち、スマホが普及するインドで、マンゴーの量り売り。それも、分銅(若い人は知らない?)を使っての。多様性のインド。


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