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「西」が「東南」から出ると「中」が入る

民衆の意思に反する政府と仕事をするのは難しい。
だからといってそこを離れると、たちまち「漁夫の利」を狙う勢力が入ってくる…。

いやはや、国際関係というのは、ほんとうに面倒くさいものですね。

これ、ミャンマーの話なんです。

皆さんご存知のように、昨年2月、選挙結果に不満を抱いたミャンマー国軍がクーデターをおこし、アウンサンスーチー氏率いる民主政府を崩壊させました。

国軍の暴挙に、多くのミャンマー国民、特に若者が激怒。公務員も加わって「市民不服従運動(Civil Disobedience Movement = CDM)」が広がり、市民生活は大混乱に陥りました。国軍はそれを力で押さえつけようと、CDM運動のリーダーを次々と拘束。さらに反発した市民が、陰の民主政府である「挙国一致政府(National Unity Government = NUG)」を設立。国民防衛隊(People's Defence Force = PDF)まで設立し、地方を実効支配している少数民族と結託し、少数民族と共に国軍と闘っています。

ミャンマー国軍は、予想を上回る市民からの抵抗を受け、混乱を抑えることができません。

しかし、かつて国軍が政治を牛耳っていたときから構築してきた、「経済利権」を手放したくもありません。いやもともと、民主派政府によってこの利権が取り上げられてしまうことを危惧したため、クーデターを起こしたわけです。国家がどうなる云々ではなく、単純に、既得権益を保持するための暴挙です。それだけ国軍幹部が経済界とつながって、うまい汁を吸っている証拠でしょう。

とはいえ、生産技術も経営力も十分ではないミャンマー国軍だけでは、どうしようもありません。

だから、ガイコクの大手企業に進出を促し、国軍幹部・関係者が経営陣に名を連ねる地元企業(=国軍系企業)と合弁することで、地道に汗をかくことなく、一気にひと儲けを狙ったわけです。

ただこれは、進出する企業にとっても魅力的な話。特にミャンマーは、タイとインドを結ぶ地理的な要衝に位置しているため、ここに生産拠点を置ければ、東南アジアや南アジアに製品を輸出することが可能です。労働力は安く、しかも勤勉な国民性。しかも、アウンサンスーチー氏率いる民主政権となってから、国内法も徐々に整備、近代化されてきました。これは、将来的なビジネスチャンスが大きい…。ミャンマーが、「アジア最後のフロンティア」と呼ばれた所以です。

欧米からも多くの企業が参入しましたし、日本からも、伊藤忠、丸紅などの大手商社はもちろん、ENEOS、キリン、KDDI、日立、イオン、クボタ、竹中工務店、清水建設等々、いやもう日本を代表するような企業が進出しています。

しかし今、欧米によるミャンマー国軍への圧力が強まる中で、撤退や事業中断を余儀なくされる日系企業も出てきています。

ENEOSがミャンマーの天然ガス採掘事業から撤退。丸紅は、フランス電力公社と一緒に水力発電所事業に出資してきましたが、現在工事を中断しています。キリンも、国軍系企業との合弁を解消し撤退する意向を示しましたが、合弁先の抵抗を受け、現在裁判になっています。

国軍系企業との合弁に、ミャンマー国民の視線が厳しいことは事実。いや、ミャンマー国民だけでなく、民主化を支持する日本の団体も、ミャンマー進出日系企業に対し、「人権への配慮」を訴えています。

https://foejapan.org/issue/20220420/7602/

ミャンマー国民の意思を尊重する民主主義の確立が、ミャンマー事業を継続するうえでの条件。

しかしその実現が何時になるのか見通しが立たないことから、ミャンマーから撤退する企業が出てくる…。

と、そこへ、「漁夫の利」を狙うところが出てくるわけで…。

それが中国企業。特にミャンマーの社会インフラの整備に大きく影響する天然資源開発事業は、エネルギー確保に苦しんでいる中国にとっても、言葉にできないほど魅力的な分野です。もちろん、それはミャンマー軍政だって承知しているところ。

軍政の投資・対外経済関係大臣であるアウン・ナイン・ウー氏。もともと陸軍軍人でしたが、キャリアの途中で商務省幹部として転籍し、経済界への影響力を強めていきました。つまり、国軍による経済利益確保の先兵として活躍した人物です。

このウー大臣が不敵にも語っています。

「ミャンマーから撤退する企業を引き留めるつもりはない。出て行った事業の穴埋めは、ミャンマーに留まっている企業にしてもらう」。これは明らかに、中国企業への秋波です。

https://www.thaipbsworld.com/foreign-energy-giants-leave-myanmar-chinese-companies-to-likely-replace-them/

すなわち、「西側諸国」が「東南アジア」から出ると「中国」が入る。これは長期的にみてどうなのでしょうか。

軍政が実権を握っているうちに、たとえ民衆から多少嫌われようとも、将来民主化した時までにしっかりとした基盤を確保して、他企業にポジションを奪われないようにするべきなのか。

あるいは、ミャンマーが民主化を果たした後に同国に戻り、すでにしっかりと基盤を築いてしまった企業を追いかけるのか。

慈善団体ではない営利企業にとっては、どちらが有利なのでしょうか。同時に、ミャンマー国民にとっては、長期的にみてどちらが有意なのでしょうか。

近い将来民主化が戻ったとしても、その民主政府が、国軍と協力してきた企業に制裁が課す可能性は小さいでしょう。民主政府も、軍政から実権を奪い返したその時は、経済の立て直しが急務になるはず。そうなれば、個々の企業とケンカなどしていられず、関係法を整備するにしても、企業を制裁するまではいかないと考えます。となると、先行する企業が有利になるのかも知れません。

なかなか答えがみつからない、複雑な問題です。世の中、正義だけで語れるほど簡単ではありません。


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