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ケトルの先の鍋

前回の日記から1年3カ月が経過していた。
そのあいだに、こどもは3歳になって、私は28歳になって、新型コロナウイルスとマスクが日常のものになって、お茶を淹れる頻度が増えて、離婚をするための話し合いがあって、離婚をして、自分とこどもだけの籍を手に入れて、やたらと好きな32歳の恋人ができて、3人暮らしが始まった。

読み返せば以前の25日分の日記も面白いもので、また続くまで5日ごとに書いてみよう。と玄米茶を片手碗に、今朝もやわらかい決意をする。

 11月13日 (金)
朝起きて、隣で眠るこどもと恋人の顔を見てから、外の空気を伺う。光とか音とか温度がつくるのは、空気だ。起きてすぐ、脊髄反射的に時計をみたり携帯で時刻を確認するのでなく、体内時計をたしかめてから、実際の時刻と身体の感覚調整をすることが習慣になっている。調整をしないで、数字でしかない時刻をあるがまま受け止めるようにはなりたくない、と意固地な思いもある。

そうして気づく。きょうは13日の金曜日。こどもが生まれたのが2017年の1月、13日の金曜日(しかも0:00)だったので、私は13日の金曜日全体に愛着を持っている。きっといい日だ。

こどもを保育園に送り、仕事をして、お昼は表参道の「おそば古道」。オーダーを聞いてくれた店員さんが去り際に「ごめんあそばせ」と言う。多くの人が使える言葉ではないだろうに、その言葉は店員さんが纏うあっけらかんとした空気によく似合っている。お転婆でかわいいね、と恋人と言い合う。その人に馴染んだ言葉は、いつにも増して魅力的だ。言葉が生きている感じがする。
天ぷら蕎麦を頼んだら、ヤングコーンの天ぷらがとても美味しい。

オフィスに出社して仕事をしていたら「フォークリフト」を「ポークリフト」と書き間違えたメールが届く。加工場をイメージしてしまって、つい前の席の同僚に「30秒だけ」と話しかけて、一緒に笑う。

夜はクックパッドマート(念願の!)で頼んでおいた食材で、ちらし寿司、わたり蟹のお味噌汁、クレソンのお浸し。こどもがはしゃいで、そのおかげで、私もやけにはしゃいでいる。

 11月14日(土)
土曜日はいつも朝寝坊。こどもを週に一度の面会に送り、焼いてもらったトーストを食べて(食パンがかじりかけのような形だったので、恋人に問うと「すごく食べたように見えるがこれはこんな形の食パンだった」と言う。私は昨日もこの食パンを食べたので知っている。この食パンは紛れもなく正方形、Family Mart×俺のベーカリー、4枚切り、300円代)、日記をふたり並んで書き、家事をして、すこしだけ仕事をして、お昼を食べて、漫画『おやすみカラスまた来てね。』を読んでいたら、休憩に誘われて、昼寝。

こどもを迎えて、3人でイオンに行く。あん肝鍋のつもりが恋人が「すき焼き」と言うので、なんでもない日のすき焼きに決める。すき焼きは実家で食べるものの印象が強いね、と言って、親との関係性を話し合う。こどもは箸休めのたくあんを「いちばんすき」と言ってひとりじめ。飲みたかった台湾紅茶はイオンには置いていない。

 11月15日(日) 
淹れてもらったミルクコーヒー。
家の中をひとさまに見られる仕様に掃除をする。
こどもと「力を合わせてつくった」スイートポテト。
恋人と1日の時間割(平日・休日)を考えてみる。
2時間の公園遊びでこどもの表情を心に刻む。
夜は、きのこの炊き込みご飯、サーモンとかんぱちの西京漬け、うずら卵の中華漬け、カリカリ一口ごぼう、ズッキーニと大黒本しめじのソテー、じゃこ天とにんじんのお味噌汁。
こどもは蕁麻疹が出てしまって20時からずっと寝ている。

 11月16日(月)
こどもは保育園に、恋人は外の仕事に。ひとり家で仕事をするのが久しぶりのこと。まずはお茶を淹れようとコンロに向かうと、そのケトルの先がこちらを向いていることに気づき、ふふ、と思う。というのも、昨日、恋人が「世紀の大発見だ」と言うので何かと訊いてみたら、それがケトルの話だった。

お茶を飲むのが好きで、一日になんどもお湯を沸かす私たちは、ついお湯が沸く瞬間に立ち会えず、ケトルの先からお湯がひとすじの噴水のように飛び出て、ケトルの先にお湯だまりをつくる、という場面になんども出くわしている。
互いにおおざっぱなもので、そのお湯だまりを慣れた風にキッチンペーパーで拭き取っていたけれど、恋人が言うには、ケトルの向きをコントロールし、ケトルの注ぎ口の先にお鍋を置くことで、飛び出たお湯も無駄にしないことができる。たしかにそうだ。お湯の再活用をするかは置いておいて、ケトルからお鍋にお湯が溜まっていくなんて、ピタゴラスイッチみたいで愉快だ。そんなことを発明している恋人もいい。

それで、今日は一日、恋人のいない家で仕事をしながら、お湯を沸かすたびにケトルの先には鍋があった。好きなだれかからもらう些細な習慣というのは良いもので、私は、お湯を沸かすたびに世紀の大発見を思い出してしまいそう。

夜はオムライス。デザートが食べたいけれど家に買い置きがなかったので、ふと思い立ってパウンドケーキを焼く。焼き菓子は、焼いているときの匂いを家に充満させるために作る気がする。

11月17日(火)
台湾紅茶が届く。ちょっと高い東方美人茶がたしかに美味しい。お茶を飲みながら仕事に集中する。最近はコミュニケーションを諦めないようにしている。夜は焼き肉をサンチュなど香り野菜で巻いて食べる。どうして野菜で巻くだけで、こんなにお肉が食べられるんだろう。こどもの蕁麻疹が続いている。

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