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443熱海盛り土崩落のその後

 家を建てようと土地を見に行ったら、裏山は急峻な崖だった。普通はそんな土地は敬遠するだろう。ところがその崖は造成地で、その工事には行政のお墨付きが出されていた。
 崖下に家を建てた人はどのような判断だったのだろうか。
 一つは、行政が認めたのであれば崩れることはないだろうと信頼した。
 二つは、自然現象には人智は及ばないとして崩落を意識外に追いやった。
 
 今年7月に発生した熱海市での盛り土崩壊について、352回(7月17日)で行政の責任について論じた。その後、行政の内部事情がかなり明らかになってきたようだ。新聞報道(『産経』2021.10.19)では次の事実を伝えている。
静岡県の「公表文書などによると、(平成)18年に起点の土地を取得した不動産管理会社(清算)は、盛り土に木くずを埋めるなどの問題行動を繰り返した。(熱海)市と(静岡)県は22年10~11月の協議で土砂崩落の危険性を共有。行政指導に限界があり、命令が必要との認識で一致していた」。
 では行政命令はなぜ出されなかったのか。県の公表文書では、当初から問題事案であったこと浮かび上がる。県・市が造成方法について指導を繰り返しているが、造成会社は「行政は否定ばかりするな」との態度で工事を続行したようだ。その造成工事が行われた土地を購入した現所有者は、平成23年に自分の土地になってからいっさいの工事をしていないとし、市の担当者から「この土地は触らないで」と指示されたからとしている。その指示が、「崩落の危険を増す追加の盛り土をするな」の意味なのか、「排水設備など安全性を高めるための工事もするな」の意味なのかは、報道では明らかではない。
 しかし県の文書では、平成28年2月、盛り土工事を行った会社関係者から「崩落までは時間の問題」との連絡を受けたという。土石流発生のわずか3日前の今年6月30日にも、県の担当者が定期調査で現場を訪れたことも明らかになった。約10年前から数度の(小規模)崩落が起きていたが、「状況に変化なし」と報告したとのことだ。それにしても静岡県は平成28年以降約50回も現場を調査していたという。
月1回に迫るペースの現地施策。静岡県では、そのうちの大崩落を予知していたのではないか。そうすると難波喬司副知事が「個人的には行政命令を出すべきだったと思う」と発言しているのは、県の姿勢としては一貫している。では、なぜ行政命令を出さなかったのか。静岡県土採取等規制条例では「対象面積が1㌶未満では、措置命令発令権者が県から離れて熱海市になる」からだと。だが、条例の制定者は静岡県である。行政命令発出に関して、県は市にどのように働きかけたのだろうか。
斎藤栄熱海市長は、土地所有者が「不十分ながら防災工事を実施したこと」などを理由に発令を見送ったと記者会見で説明したという。しかし業者は排水設備工事を2か月後に未完のまま中断、放置したことが明らかになっている。ならばその時点で再度、命令発動に踏み切るべきだったと考えられる。市長は「現時点では行政責任の有無は言えない」と濁している。

被害者は土地の旧所有者である不動産管理会社と現所有者を刑事告発したほか、32億円の損害賠償民事訴訟を起こしている。ただしこれらの対象に行政(静岡県・熱海市)は含まれていない。なぜ行政責任を問わないのかの質問に対し、被害者の加藤博太郎代理弁護士は、行政には「(責任の議論ではなく)被災者への救済を進めてほしい」と述べている。

以上が報道のあらまし。被害者の救済は重要だが、その場合の法的根拠はより重要だ。わが国は法治国家であると標榜している。その意味をよくよく噛みしめる必要がある。静岡県が独自に土採取等規制条例を制定した目的は何か。条例では工事にかかわる行政命令権が付与されているのであり、その適正執行が必要になる。排水工事などが必要と判断したのであれば、造成会社から「行政は否定ばかりするな」と恫喝されて屈したり、形式的な防災工事への取り掛かりで、用意した行政命令の発動を取り消したりするのは言語道断のはず。実効性が保てない条例案であれば、制定しなければよかったではないか。そうすれば被害者は自身の判断で、この土地を選ばなかったであろう。
条例案は県の知事部局が策定して、県議会に提案している。国の下請け業務ではないのだ。法令(条例はその重要な構成物である)を自ら定めておきながら、条文の文言を盾に責任を認めない。静岡県に限らないのだろうが、権限を持つことの責任を踏まえない者への怒りを持つべきだと思う。
被害者の「行政の責任は問わないから、救済せよ」との主張もおかしい。行政が金銭を支払うには法的根拠が必要だ。行政命令不発動について不作為の故意・過失責任を認めるのであれば、支払いの理由になる。国家賠償法という根拠法があり、これは自治体にも適用されるからだ。行政に責任がないとするのであれば、支払いの根拠がないのであり、金銭支給は不当支出、背任行為になる。脅されて、あるいは賄賂と引き換えの公費支出となんら変わらない。県知事や市長、さらに幹部公務員の法規範意識が問われている。

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