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363民主主義での福祉適正化

ドイツのメルケル首相の退陣が決まっている。後継政権がどうなるかが世界の関心事だが、20年前に起きたことを復習しよう。
ドイツの主要政党は、保守系のCDU・CSU(キリスト教民主・社会同盟)と革新系のSPD(社会民主党)。これに次ぐ勢力がFDP(自由民主党)と緑の党。
現代ドイツ史のエポックは東西ドイツの統合(1990年)。西ドイツが東ドイツを吸収したもので、民主主義や人権を重視する政治視点からは大金星だが、旧東領域の生活水準を引き上げるための負担でドイツ全体が経済成長力を失うことになった。そこで福祉制度の切りつめと再設計が求められることになったが、本気で取り組めば選挙で落ちる可能性があるということで議員たちはしり込みする。
そうした中今世紀初頭の2002‐5年にかけて「ハルツ改革」という福祉の見直しが行われた。元フォルクスワーゲンの労務担当役員ペーター・ハルツ氏を委員長とする「労働市場における現代的サービス委員会」の提言に基づく四つの法律に基づくもので、「失業者の保護」から「労働市場への再編入の促進」への転換が図られることになった。求職者が正当な理由なく就労を拒否した場合は給付減額などの制裁措置が課せられるなど労働者の就労義務の履行が強く要請されることになった。「福祉から就労へ」の転換を実践するものである。これに対しては、低賃金労働者の出現と賃金格差の固定化を招くものであるとの批判が展開された。
注目したいのはこの改革を進めた政権の枠組みである。
ドイツ統合を成し遂げたのはコール政権(1982‐98年)でCDU・CSU(キリスト教民主・社会同盟)主体の保守系。
その退陣後がシュレーダー政権(1998‐2005年)で主体は革新系のSPD(社会民主党)。
その後を襲うのが現在のメルケル政権(2005年-現在)で主体は再び保守系のCDU・CSU(キリスト教民主・社会同盟)。
この年表で分かるように「ハルツ改革」は、左派革新系であるSPDシュレーダー政権の下で行われているのだ。
保守系政権が福祉見直しを提案すれば、労働組合や福祉活動家などの抵抗で改革は頓挫するか、骨抜きになることが目に見えていた。
そうではなく左派系の政権が福祉見直しを言い出せば、国民は「そこまで言うなら仕方ないか」と納得するのではないか。
ドイツでは左派政権があえて福祉見直しをリードすることで、国民間に分断を起こすことなく、改革が実現した。これがほんとうの民主主義、国民主権下における政治の妙味であろう。

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引き換えわが国の実情はどうか。超低調の経済に加えて、世界最悪ペースでの少子高齢化。日本国という船が沈みかけている。
にもかかわらず議員、政党はバラマキポピュリズムに狂奔するばかりで、船への荷重を増やしている。
財源確保については無関心。借金厳禁の財政法原理は無視され、禁断の赤字国債が今や政府収入の柱になっている。赤字国債の理論的根拠は国防という緊急事態の非常手段。平時に非常時対応策を使い切ってしまっては、ほんとうの非常時にどうするのか。そういう質問すらされなくなって久しい。
累積借金1千兆円をどのようにして返済するのか。そういうまともな議論をしようとすると、「政府の借金は国民の資産だから、今しばらくの財政破綻はない」と論点をそらした解説でごまかそうとする。
議員は選挙で選出された国民のリーダー。国家国民の将来をだれよりも責任を持って考え、導く立場の人たちだ。バラマキ型福祉の問題点をだれよりも強く感じているはずだ。ところが議員たちから国家財政を案じる決議は出てこない。
そうでなくても「福祉は年々充実するものとの根拠なき願望」に浸りきっている国民への説得は生半可な決意ではできない。財政危機を克服しなければならない点では、政党、議員間に基本的対立があるはずがない。ただし対策は一般国民には受けがよくない。
本気で取り組めば、対立政治勢力に悪意のプロパガンダを張られて、選挙で大敗するおそれもある。そうした疑心暗鬼を払しょくするために、政界全体での合意形成が必要だ。20年前のドイツでは左派政権が矢面に立つことで、国民は納得した。ひるがえってわが国の左派系野党勢力はどうか。わが身を鏡に写して恥ずかしくないか。



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