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586技能実習生が出産で実習できなくなったら? 制度目的から考えると…

― 自室で死産したわが子の遺体を放置したとして死体遺棄罪に問われ、1、2審で有罪判決を受けたベトナム籍の技能実習生の女性が、無罪を訴えて上告している。「妊娠が発覚すると帰国させられる」と考え、周囲に相談することなく出産、遺体を段ボールに入れて一晩、自室で保管していた。事件からは、実習生を取り巻く問題も透けて見える。(塔野岡剛) ―
 
 産経新聞の5月4日の記事のリード部分。明日は子どもの日。なんとも身勝手な親がいるものだ。わが子の遺体を段ボールに入れて放置するなど人間のすることではない。死産というが、ほんとうは殺害したのではないか。これに無罪判決が出るようでは、法治国家の体をなしていない。というのが第一印象。
 本文を読むと「妊娠が知られると強制帰国させられる」ので隠したとの言い分が出てくる。妊娠・出産は技能実習生の身分を失う理由にならないはずだと主張しているわけだ。
記事は「技能実習生には日本人の労働者と同様に労働関係法が適用され、妊娠出産を理由とした解雇や不適切な対応は禁じられている」、「国は実習生を受け入れる企業や管理団体に対し、実習継続の意思や日本で出産する意思について当事者に確認した上で、必要な支援を行うよう求めている」と進む。
 つまりその人の実習契約がどうなっているかによるはずだ。妊娠・出産が技能習得の中断理由になるとの合意であれば、契約終了になり、在留資格がなくなって国外退去になるのは当然ではないか。それは憲法(10条)が国籍を規定していることから導かれる。労働法は内外人の「就労者」を基本的に同等処遇するが、厚労省の解釈では「研修生は実務研修であって、就労資格は認められていません」となっている。例えば、
外国人技能実習生を受け入れている事業主の方へ | 岐阜労働局 (mhlw.go.jp)
 
 本件のベトナム人女性は「事前に妊娠が契約終了の理由になることをだれも教えてくれなかった」ことを無罪主張の理由に挙げている。では事前に教えていたら、この女性はどう答えたのだろうか。「妊娠が契約終了理由になるのであれば実習生にならない」と答えただろうか。それとも「その条件は理不尽と考えるので契約終了を告げられたら裁判で争う」と答えただろうか。いずれにしても実習生には採用されなかった可能性が高い。
「その条件を受け入れる」と答えた者だけが採択されたとしよう。そして実習生になってから妊娠が明らかになった。そこで契約終了にすることが、受け入れ側による権利の濫用になるか。普通の労働者であればもちろん権利濫用で解雇は認められない。しかし本件は≪就労資格が認められていない≫外国人実習生である。
 そもそも外国人の国内在住はきびしく制限される。その例外として在留資格が認められる例に、就労や修学がある。
まず、就労だが、わが国は外国人の単純労働者の入国滞在を認めない。日本国民には「勤労の義務」がある(憲法27条)のだから、超完全就業状態でもなければ国内で必要な労働力は日本人で充足する方針が確立している。したがって労働者として滞在が認められるのは、国内産業の近代化に資する高度人材として認定される者だけである。
 次に修学だが、わが国の文物を勉強したい外国人には門戸を開き、適格者を選抜して受け入れる。目的は勉学であるから、留学先教育機関での審査に適合して者だけが在留資格を得る。そしてその裏返しで、学業達成見込みがなくなれば在留資格は自動的に失われる。当然のことだが、就労はおのずから制限される。
 


 技能実習生はこのいずれの範疇になるのか。あるいはこれらとは違う第三の分類として設定されるのか。
 どちらでもいいけれど、実習できなくなれば実習生ではなくなるわけで、そうなれば在留資格を失う。この基本は変わらない。
 実習できなくなる理由としてどのようなものが考えられるか。
 当人がその技能に関心を失った場合は当然だろうし、刑法犯罪で逮捕起訴され拘置所に長期収監されても継続は無理だろう。長期の入院加療を要する病気になった場合や身体の重要部位に障害を負った場合も、基本的に実習継続はできないだろう。それとの並びで妊娠・出産をどう捉えるかということだ。すべて個別事例ごとに契約目的に照らして判断されることになろうが、実習目的が達成できると判断できれば、妊娠・出産があっても契約継続すべきだが、目的が達成できないことが明らかであっても「人権の観点から契約終了は認められない」とするのは、憲法に照らしても間違っている。
政府調査では、平成29年以降の3年間で妊娠・出産を機に実習を中断した637人のうち、子育てが落ち着くなどしてからの実習再開を希望したのは47人、実際に再開できたのは11人とのことだ。


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