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446東ローマ帝国の滅亡

西ローマ帝国が滅びたのは476年。これは中高の学校で習うから記憶にある人が多いだろう。もう一つの東ローマ帝国は、オスマントルコによって首都コンスタンチノープル(現:イスタンブール)が攻略される1453年まで、さらに千年の命脈を保った。ビザンツ国とも呼ばれるこちらの国については、世界史の授業での記憶がまったくない。ほとんど触れられなかったのではないかと思う。今の学校ではどうなのだろうか。
塩野七海さんの『コンスタンチノープルの陥落』を読んだが、頭に残っていなかった。今回、ジョナサン・ハリス(井上浩一訳)の『ビザンツ帝国の最期』(白水社、2013年)を読んで、日本国の現下の危機と照らし合せて感じるところがあった。
改めて年表でローマの歴史をたどると、建国は紀元前732年、共和制移行が紀元前509年、帝政移行が紀元前27年、東西分割が286年となっている。起算点にもよるが、古代ローマは建国時からでは約2200年、東西分割以降でも約1200年の歴史を有したことになる。
この国がどのようにして滅びたのか。ハリスさんは滅亡のほぼ百年前(1354年)から説き起こす。勃興したオスマントルコによってビザンツ国は領土を次々と奪われる。ボスポラス海峡のアジア側だけではなく、ヨーロッパ側もオスマンの領土になり、ビザンツ国の首都コンスタンチノープル地域はその中央に取り囲まれる形になっていた。同国はギリシアなどにも海外領地を持っていた。
コンスタンチノープル攻防戦をキリスト教徒とイスラム教間の不倶戴天の宗教的対立と捉えるのは後世の創作であって、実際の政治外交は複雑であったことが、詳細な資料から明かされている。
政治システムでは、よく知られるようにオスマン側はスルタンによる専制体制。その一声で戦争と平和は決定される。家臣は絶対服従。功臣の身分も安泰ではなく、些細なことで逆鱗に触れ、処刑されて財産没収されるのは日常茶飯の恐怖支配であった。対するビザンツでは、リーダーは皇帝を名乗るものの権力基盤は弱く、その座を巡って陰謀や駆け引きが絶えず、挙国一致は最後まで実現しなかった。
ビザンツ国内での政策面での争いは大きく二つの勢力。
西ヨーロッパ諸国と同盟を結び、その援軍を得てオスマンを追放しようという主戦派がその一つ。これを甲説としよう。
オスマンには軍事的に勝てないとして、貢納金を払い続けることで侵攻を思いとどまらせる平和派がその二つ。こちらは乙説だ。
甲説の論者は、西欧諸国との同盟強化のため、ローマのカトリックとコンスタンチノープルのキリスト政教派の教義の対立解消のための公会議を提唱する。しかし国内の原理的な宗教指導者は、いささかの教義上の妥協も許さない原として市民を扇動し、これに乙説が結びついて、甲説排撃のためにオスマントルコのスルタンの協力を得ようとする。
コンスタンチノープルの経済基盤は、エーゲ海と黒海の接点に位置し、貿易上の適地であることだ。イタリアのベネチアやジェノバの商社は、ここに拠点を置いて周辺のオスマン商人と大々的にビジネスをしていることから、ローマ教皇によるイスラム教徒からコンスタンチノープルを守れとの号令は迷惑であると考えていた。乙説が甲説よりも優勢になるように画策をし、オスマントルコのスルタンの協同を優先した。
コンスタンチノープル市内では、第4回十字軍によるコンスタンチノープル占領と略奪(1204年)の記憶が生々しく語り伝えられていた※。そのためオスマンのスルタン、メフメト2世の情緒不安定で残忍、戦争技術の探求に熱心で支配欲の塊、そうでありながら本心を隠し通す危険な人柄に対する警戒心が共有されなかった※※。以上が重なり合って、甲説と乙説での論駁、クーデターまがいのゴタゴタがオスマンの総攻撃の直前まで繰り返されて、国力を疲弊させていた。

ビザンツ国のコンスタンティノス11世は戦死したから、その後の地獄を見ずに済んだ。戦闘に参加して捕虜になった者(この中には防衛戦に進んで参加したトルコ人もかなりいた)、日当支払いが少ないからと防衛戦に非協力だった一般市民も、財産を没収され、縛り首になるか、配偶者や子どもを含めて鎖につながれ奴隷市場で売られることになった。
運よく脱出した者、親族が大金を出して買い戻した少数の者が、その後、イタリアその他の西ヨーロッパに移り住み、ビザンツの学問や芸術を伝え、ルネサンスに貢献することになったことについては、多分、教科書に書かれていたと思う。そうした少数を除けば、亡国の民のその後について語る者はいない。

※ もともとイスラムの本拠エジプトを攻略予定だったが、船賃支払い額が足りず、ベネチア船主の要求で行き先変更、略奪財宝を輸送費の支払いに充てたとされる。
※※トルコ側でも貢納金が得られる平和共存への期待が大きかったが、スルタンメフメト2世の一声で、コンスタンチノープル殲滅(せんめつ)が決定された。

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