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政治資金の不適正処理を正すのは簡単 ー 問題はなぜ実行しないのか

 下に掲げたのは京都新聞の社説。指摘はすべてそのとおり。政治資金規正法はザルであり、法律どおりに正しく事務処理している国会議員は果たしているのかとの思いにとらわれる。
 国の立法を行うのが国会議員。政治資金規正法も国会が制定した。国民には法に従うことを強制しながら、自らは守らない。これでは日本国に法治国家を名乗る資格がないと某国にイチャモンをつけられても、返す言葉がないのではないか。社説でも「首相自身も不記載など多数の修正を迫られる事態となっている。」と書いている。襟を正すのであれば首相が退陣すべきであると、某国に正論を吐かれたらどうするのだろう。
 かといって政治資金規正法違反者をすべて国会から追放していては、「国会にはだれもいなくなった」ということになりかねないのが現実のようだ。
 ならばどうするか。違反事例を二分化することだろう。報告漏れなど憶は形式違反であろう。こういう場合は社会的制裁というよりも、金銭的な締め上げで反省を求めるのが常識的だ。駐車違反などで交通違反切符を切られた場合がその典型で、しばらく友人との交際に不義理をしなければならないレベルの金額で違反金を請求される。それで「もう違反をしないぞ」と決意する。しばらくすれば気持ちが緩んでまた繰り返すかもしれないが、違反金を再度徴収され、運転免許更新時の講習時間が長くなるなどのペナルティも相まって違反からは遠ざかる。
 これを政治資金規正法違反に応用すればいい。ただしここで一工夫する。というのは違反を指摘された議員だけが金銭的ペナルティを受けのであれば、「自分だけが違反者ではない」と開き直るケースが予測されるからだ。過去には裁判で長く争った有力議員がいた。議員は弁が立つ方々だから、論争になれば違反金を請求するお役人(総務省か)も辛いだろう。
 そこで提案したいのは政党助成金に連動する方式。政治資金規正法違反が認定された議員比率に応じて、その年度以降3年間のその政党への交付金をカットするのだ。例えばある政党の所属議員が10人いて、年間交付金が10億円だったとする。その党で二人に違反が見つかれば、形式的に10分の2をカットするのだ。設定例では2億円の3年分、すなわちこの政党は6億円を失う。その穴埋めを特定議員に弁償させるか、党経費全体の縮減を図るかは自主性に任せておけばよい。党によっては即座に除名するかもしれない。その場合、その議員は次回選挙での再選が難しくなるだろう。
 先に違反事例を二分すべきとした。その一つは単なる形式犯では済まない場合だ。駐車違反で言えば、長時間二重駐車して通行を完全に遮断して重大事故になりかけたような事例だ。こうなると違反金では済まされない。政治資金を外国人から受け取ることは許されないが、その中でも敵対国から内密に受け取っているような場合が問題だ。かつてそれを指摘された総理がいた。さすがに不問では済まされないと国会で追及されかかったときに、大地震が起きてうやむやになった。彼には天祐だったかもしれないが、国民主権の基盤を揺るがす大失態であり、国民にとっては大不幸である。こういう事例では議員資格をトコトン追及しなければならない。
 ともあれ多くは形式違反。それについては政党交付金減額で対応するのが実務的にも分かりやすく、簡単なはずだ。マスコミや政治学者はどういう具体案を持っているだろうか。

【政治とカネ 「ミス」「知らぬ」で済まない】京都新聞社説2023/10/03
 改造したばかりの岸田文雄政権の閣僚らに「政治とカネ」の問題が噴出している。
 政治資金収支報告書への寄付金などの不記載や、事務所賃料を通じた親族への資金「還流」の疑惑が相次いで判明。首相自身も不記載など多数の修正を迫られる事態となっている。
 前内閣では政務官に起用された秋本真利衆院議員(自民党を離党)が先週、洋上風力発電事業を巡る受託収賄罪で起訴された。
 こうした政・業の癒着や、河井克行元法相による大規模な選挙買収などの汚職・不正事件が繰り返されながら、何一つ働かない政治の自浄作用に、国民の不信は募るばかりだ。
 「ざる法」とされる政治資金規正法の抜け穴をふさぎ、流れの透明化と情報開示の厳格化などの改正に踏み込むことが欠かせない。
 首相が代表を務める自民広島県の支部は2021年、他の党支部から受けた寄付金を収支報告書に記載していなかった。他の記載間違いも含めて計10カ所以上を訂正するとした。
 高市早苗経済安全保障担当相や、滋賀選出の小鑓隆史国土交通政務官が代表の2支部も党交付金や寄付金の不記載が判明した。
 不記載は規正法に抵触する恐れがあり、罰則は5年以下の禁錮または100万円以下の罰金が科される。それぞれ「事務的ミス」などと通り一遍の釈明をするだけだが、裏金工作が疑われる行為である。訂正すればいいでは済まされない。
 さらに、公選法が禁じている国の公共事業請負業者からの寄付受領もはびこっている。
 高市氏ら3閣僚に加え、自民党の新役員体制で萩生田光一政調会長と小渕優子選対委員長がそれぞれ代表を務める党支部が、21年衆院選の直前に寄付を受けていた。
 いずれも「受注を知らなかった」と返金対応するが、それで国民は納得できるだろうか。
 小渕氏は、14年に政治団体の不明朗な政治資金支出で経済産業相を辞任し、十分な説明責任を果たしていないとの指摘が多い。こうした政治家の重用は、「政治とカネ」に対する政権与党の鈍感さを象徴しているのではないか。
 首相は就任時、国民の政治不信を「民主主義の危機」とまで訴えた。ところが相次いだ閣僚の資金疑惑にも「本人が説明すべき」と傍観する。かばい切れなくなると更迭を繰り返す。不信を助長する無責任と言わざるを得ない。
 そもそも規正法の趣旨は、政治団体の活動を国民の不断の監視と批判の下に置くこととされる。ガラス張りにする実効性ある見直しに加え、政治をゆがめる癒着の根本にある企業・団体献金の全廃に照準を当てるべきだ。

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