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848 沖縄慰霊の日/住民の不安招く軍事強化神戸新聞社説 2023年6月23日

 昭和20年のこの日(6月23日)は、沖縄守備部隊が組織的な戦闘を終了した記念日である。結末は秩序ある降伏ではなく、万歳突撃などの玉砕戦法による抵抗力の喪失。
 特筆されるのは県民の死亡数で、その数9万4千人。中には軍人・軍属もいただろうが、ほとんどは非戦闘員の一般県民。
 摩文仁(まぶに)の平和祈念公園の「平和の礎(いしじ)」には死亡者の氏名が刻まれており、今年は365人の戦没者が新たに刻銘された。こうして氏名をしっかり残すことは貴重である。
某国のように根拠もなく死亡者数を言い募って外交用のプロパガンダ手段とするのと違い、事実の重みがある。
それにつけてもなぜ沖縄線が必要だったのか。将棋で言えば、飛車角、金銀を取られ、王様が裸単騎の無防備状態。敵の王様は守備固め万全なのにこちらには攻め駒もなければ、持ち駒もない。これでは名人位のプロでも投了宣言だろう。
昭和19年後半には指導層にはわかっていたはずだ。「一大勝利を挙げてから講和に臨む」方針だったというが、個別戦域での勝利も見込めなかったと思える。余力があるうちに降伏の外交交渉をしていれば、沖縄戦は起きなかった。政治・外交の大失策であり、この点は何十年かかっても検証し続け、後世に引き継がなければならないと思う。「なぜ判断を誤ったのか」それを問い続けることが、失敗を繰り返さないことであり、まわり廻って平和につながる。
 社説の最期で、沖縄では「軍隊は住民を守らない」と語り継がれてきたとある。これほど残念なことはない。民主主義国の軍隊は自国民を護るために存在する。その信頼が沖縄では成り立っていないということではないか。ただし社説が「防衛強化を進めるよりも先に、粘り強い外交努力を積み重ねるべきだ」は意味不明だ。粘り強く積み重ねるべきは、自国軍隊への信頼回復努力である。外交交渉で戦争に巻き込まれない、侵略を思いとどまらせることができる場合はあろう。しかしウクライナで明らかになったように、どんなに隠忍自重しても抑制が効かない専制主義者は攻め来み、街を破壊し、住民を虐殺し、子どもを連れ去る。
 習近平氏は台湾を核心利益の「中核中の“中核”」と言い始めている。ということは「並みの“中核”」には沖縄(琉球)が入れられたということになるではないか。
 官房長官が「沖縄は先の戦争で唯一地上戦が行われた地域」と言い間違えたと報道されている。北方領土へのロシア軍の侵攻を失念していたらしい。地上戦はなくとも艦砲射撃や空襲や魚雷攻撃などで人命を失った県もあるだろう。知事会ではどんな話がされているのだろう。
 社説には自衛隊や米軍基地の多さが地域経済の支障になっているなどの指摘がある。攻めこまれる危険地域に軍隊を配置するのは当然だ。だが沖縄は土地が狭い。中国が南シナ海のサンゴ礁を埋め立てて、巨大な軍事基地化を推し進めている。先日のテレビでは、南シナ海のど真ん中でも飽き足らず、フィリピンが実効支配する自然等から肉視できる海域にまで人工島を作って圧迫している。
 簡単な疑問だが、沖縄の無人島の先を埋め立てて巨大な島に改造し、強固な軍事防御施設を移転することは考えられないのだろうか。海洋法違反にならないだろう。技術的にも中国にできて、日本にできない工法ではないと思えるのだが。
 
社説本文
沖縄県はきょう「慰霊の日」を迎える。1945年の太平洋戦争末期、「地獄を集めた」と語られる沖縄戦で、組織的な戦闘が終わったとされる日だ。日米で20万人以上が死亡し、うち約9万4千人を住民が占めたと推計されている。軍人・軍属を合わせると県民の4人に1人が犠牲になったことになる。神戸出身の島田叡(あきら)知事も行方不明になったままで、遺骨さえ見つかっていない。
 
 激戦地だった糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園では、沖縄全戦没者追悼式が開かれる。新型コロナウイルス対策で2020年から規模を縮小していたが、今年は4年ぶりに一般参列者の入場が可能となる。地元の人たちとともに心から犠牲者を追悼し、平和への思いを深めたい。
 
 同公園の「平和の礎(いしじ)」には今年、新たに365人の戦没者の名前が刻銘された。沖縄に向かう途中で撃沈された戦艦大和の乗組員295人も含まれる。沖縄を本土防衛の「捨て石」にした軍の作戦が、いかに多くの犠牲を伴うものだったか。その史実を忘れてはならない。
 
 悲惨な地上戦を経験した住民が、戦後に何よりも望んだのは平和だった。にもかかわらず、多くの土地が米軍の「銃剣とブルドーザー」で強制接収され、基地が作られた。1972年の本土復帰から半世紀が過ぎても米軍基地の返還は進まない。
 
 加えて近年、自衛隊が鹿児島、沖縄両県の南西諸島の防衛強化を進める。2016年に与那国島に駐屯地を設けたほか、19年には奄美大島と宮古島、今年3月には石垣島にも拠点を置いた。昨年政府が改定した安全保障3文書には、那覇の陸自第15旅団を師団に格上げする方針を盛り込んだ。自衛隊の施設面積は復帰当時から約5倍に拡大している。
 
 これは中国の海洋進出強化を踏まえ、台湾有事などに備えた対応とされる。石垣島や宮古島などにはミサイル部隊が配備され、地元では「島が再び捨て石になるのでは」との声が出ている。急速な軍事化に住民が不安を覚えるのは当然だ。
 
 沖縄県の玉城デニー知事も今月防衛省を訪れ、反撃能力(敵基地攻撃能力)に使う長射程ミサイルの県内配備をしないよう求めた。南西諸島が他国の攻撃対象になることは避けねばならない。政府は地元の要望を真摯(しんし)に受け止め、住民の生命保護を最優先に考え、二度と戦場にしないための判断をしてもらいたい。
 
 日本軍の戦闘部隊がいた場所ほど住民が巻き添えになった体験から、沖縄では「軍隊は住民を守らない」と語り継がれてきた。今こそこの重い教訓をかみしめ、防衛強化を進めるよりも先に、粘り強い外交努力を積み重ねるべきだ。

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