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615 『2020年日本の野望』 そういう認識の時代もあった

図書館で『2020年』という本を借りました。ソ連邦崩壊前の1990年頃に書かれた小説です。著者のラルフ・ピーターズは1952年生まれで、執筆当時はアメリカの現役陸軍大尉でした。中佐で退役し、今も職業作家として活躍しています。
『日本の野望』のサブタイトルがついている上巻を読み始めて、前にも読んだことがある本だと気づきました。
 内容はこんなことだったと記憶がよみがえります。ソ連は体制矛盾によりどんどん弱体化しています。対ソ戦の準備をしなくて済むことになったアメリカは軍備を縮小します。同時にアメリカは世界の警察官、民主主義の伝道者の役割を捨て、国内回帰しようとしています。
 経済成長から取り残されたアフリカの貧しい国々では、民主主義の理念は捨て去られ、どの国でも非民主的独裁者による圧政が強まります。当時、アフリカ諸国はエイズが猖獗(しょうけつ)していましたが、これに加えてランシマンズ病という新たな凶悪感染症が流行し、世界的パンデミックが始まります。(コロナ危機の現在を予告していたかのようです。ただ発生地はアフリカではありませんでしたが)。まさに世界の危機。

 そうした中、アフリカの中では強国である南アフリカ共和国が腐敗をきわめて混乱状態にあるザイール(コンゴ)に侵攻を開始します。慌てふためいたアメリカは、民主主義か否かの価値観などの諸要素を熟慮することなく、ザイールの独裁政権の後ろ盾となって南アフリカと戦争状態に入るのです。
 ここで日本が登場します。有能優秀の工業生産力(特に半導体)を活かして世界最強とされるアメリカ軍の装備をはるかに上回る電子制御の高性能武器を南アフリカに提供するのです。そのせいでアメリカ軍は敗退を続け、通常戦力では勝てないと業を煮やした大統領が南アフリカに核ミサイルを打ちこみ、停戦にこぎつけます。しかし核の使用でアメリカは世界中からの非難を受け、同盟国を失ってしまいます。
では日本は何をねらっていたのか。小説で明かされるのは、日本の地政学的位置づけです。地下資源に恵まれない日本は国家として生き延びていくために、安定した資源を入手しようとしています。そこで目をつけたのが、シベリアの広大な大地に眠る地下資源です。天然資源は世界人類の共通財産。それなのにソ連が独り占めして武器として利用するのは不正義である。
 でも日本は、直接軍事行動をとりません。折からソ連領内中央アジア地域のイスラム信者がソ連離脱を求め、それをイスラム諸国が支援する動きがありました。そのソ連の反乱軍とイラン、イラクなどイスラム諸国軍に日本の近代装備が提供されます。ソ連政府軍は敗戦と後退を続け、共産主義政権は滅亡寸前。ここで何を血迷ったか、アメリカが仇敵ソ連の救援に回り、最強部隊をソ連のアジア区域に派遣して日本との戦争に踏み出すのです。
 その後の展開はもういいですね。アメリカ人の小説ですから、「星条旗を永遠なれ」でアンクルサムが最後の勝利を掴む…。
 
 注目すべきは小説中での中国の低姿勢です。この小説での戦争の舞台は2020年ですが、作者の世界感は1990年前後にとどまっています。この当時の中国には世界プレーヤーとして実力がありません。それで日本の戦略に巻き込まれないよう、ひたすら頭をすくめてやり過ごそうとします。
 それから30年後の今日、情勢はすっかり変わりました。中国の台頭は日に目覚ましく、世界支配者たらんとして各地で軋轢(あつれき)を巻き起こしています。小説『2020年』中の日本を中国に置き直せばほぼリバイバル小説になりそうです。日本はと言えば国際政治への影響力はほぼなくなっています。今回のウクライナ危機でも覇気も存在感も希薄です。カウントされていないかのようです。他方、経済苦境にあったソ連は凶暴なプーチンの帝国として復活。資源と核を手段に、中国とタッグを組んで各国をひれ伏させようしています。
1990年時点の日本に小説にあるような壮大な戦略があったとは思えません。が、アメリカの軍部の中には、日本の強大なライバルとする見方があったことをこの小説は示しています。買いかぶりであったわけですが、複雑な思いです。

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