中山道『加納宿』の今。岐阜駅の南の市街で道標とグレーチングが宿場であったことを教えてくれます。
京から江戸へ向かう中山道、美濃に入って7宿目が加納宿です。加納城の城下町でもあり、宿場では数少ない城下町・宿場町です。美濃16宿・岐阜17宿で最大規模の宿場です。
岐阜市街の一画
加納宿は岐阜県の県庁所在地でもある岐阜市の市街地に位置しています。JR岐阜駅の南口から南へ数百メートル、徒歩数分の距離です。岐阜駅の北側は商業地が広がり、岐阜市役所に至る大通りの起点でもあり、岐阜市の中心地と言った風情があります。加納宿がある南側は閑静な住宅街が広がっています。加納宿はその住宅街に変貌しており、道標やクレーチング(側溝の網)などで宿場としての歴史が垣間見える程度です。
加納城の城下町
城下町でもあった加納宿周辺には鉄砲町や長刀堀、鷹匠町など城下町を連想させる町名が残っています。加納宿の中心は現在の岐阜駅と加納城趾の中間くらいに位置します。加納城趾は石垣に囲まれた公園(加納公園)となっていて、天守のあったあたりでは高齢者がマレットゴルフを楽しんでいました。しっかりとした石垣が残っていました。石垣の一部に上ることができ、そこから北にある金華山と頂上の岐阜城を望むことができます。
老舗
今は住宅街となっていますが、風情のある老舗もあります。元和六年(1620年)に創業の『二文字屋』は川魚料理・日本料理の老舗で、特に鰻料理が有名です。江戸時代初期の高名な彫刻家・左甚五郎が宿泊した際に彫った欄間が今も残っています。(保管されています)二文字屋の隣には1925年(大正14年)創業の老舗紳士服店があります。二文字屋ほどの歴史ではありませんが、風情のある入り口になっていました。
少し離れると
加納宿の中心から少し離れると、宿場を思わせる街並みがあります。普通の住宅ではなく、卯建の上がる家が軒を並べ、立派な塀の古民家もあります。加納宿が近辺では最大の宿場であったことをうかがわせる風景でした。