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『学習する社会』#24 3.学ぶこと 3.2 思考のための道具 (3)学びの過程 2)多様な学びの姿

3.学ぶこと

3.2 思考のための道具

(3)学びの過程

コルブ(1976)が提示した学習サイクルのモデルは学習が循環しながら進行し続けるモデルであった。この学習サイクルを今という時間の進行と共に生起する行為の進行と重ね合わせて考えるためには、学習の多様な姿について把握する必要があろう。今回は、学びの姿について二人の論者の主張を見てみよう。

2)多様な学びの姿

先に述べたように、コルブの学習理論は学びが循環的に常に進行していることを示しているが、多様な学び全てを効果的に解釈できるわけではない。例えば、既存のイメージを大きく作り替えるような創造的な学びと既存のイメージを強化するような学びを明確に区別することは困難である。コルブモデルでは、既存イメージを部分的にせよ否定しているのか、それとも肯定しているのかという区別をつけることはできていない。既存イメージが部分的にせよ否定される場合に、否定がどのような局面で起こるかも明確にされていない。

図表1 コルブの学習循環過程(再掲)
コルブ,1976,p.26。

ヘッドバーグの議論

ヘッドバーグ(B. Hedberg、1981)は組織学習を対象にして、「調整的学習」 (Adjustment learning)/「展開的学習」(Turnover learning)/「転換的学習」(Turnaround learning)という三種類の学習形式とその特徴を示している(図表2)。これらの形式は組織を対象にしているが、主体の学習としてとらえれば、個人の学びにも同様に適用できよう。これまでの私の議論に則して述べれば、この分類はイメージ界の変化の大きさで学びを分類している。しかし、コルブの理論ではこれらの相違をすべて明示的に説明することはできない。既存イメージが変化する程度に応じて分類される学習形式をとらえるためには,既存イメージを否定する過程と肯定する過程をモデルの中で明示的に取り扱う必要がある。

図表2 学習の形式とその特徴
ヘッドバーグ(1981)より作成。

ワイクの議論

ワイク(1979)によって示される組織化の進化理論(図表3)は実現に影響する保持を変化させている。進化理論と称しているが、学習理論と位置づけて問題ないだろう。ワイクのモデルはコルブのモデルと比べて学習の循環が単純ではない。システムの出力【結果】をそのシステムの入力【原因】に戻す循環的な機構であるフィードバック(feedback)を二つ導入することによって、循環の輪を二重にしている。ワイクもヘッドバーグと同様に組織を対象として論考しているが、先程と同様に主体の学習としてとらえれば、やはり個人の学びに適用できる。学びの説明としてはコルブの理論よりも複雑になっている上に、コルブの理論はない既存イメージの肯定と否定の考え方が明示的に導入されている。

行為することで実現された多義性の量が大きければ、淘汰過程において知覚される多義性の量は大きくなる【正(+)の関係】。生き生きとした時間の流れから経験として抜き出される現象の連鎖多義性【同一メッセージが受信されて活性化するイメージ変化の多様性】の非多義化において、知覚された多義性の量が多いと使用される組立規則が減少し【負(-)の関係】、使用される組立規則が少なければ連結される相互作用が増加し【負(-)の関係】、その結果、連結される相互作用が多ければ知覚される多義性の量が減少する【負(-)の関係】。淘汰過程を経ることによって、実現過程から淘汰過程へのインプットの知覚された多義性の量は減少して保持過程へのアウトプットとなる。同様に保持過程においても知覚された多義性の量は減少するので、実現→淘汰→保持という連鎖によって知覚された多義性の量は減少する。

図表2 ワイクの組織化循環
ワイク(1979)より作成

フィードバックの性質と変化の性質

社会における学習について論じている研究者には、シングル・ループ学習とダブル・ループ学習で有名なアージリス(1977)、正統的周辺参加で著名なレイブ/ウェンガー(1991)、内省的学習論として位置づけられるショーン(1983)等、学習についての議論は多様であるが、今回はヘッドバーグとワイクを取り上げた。

ワイクの議論はアージリスの議論と共通する部分もあるが、ワイクは循環におけるフィードバックの性質を明示的にモデルに取り込んでいる。内省的学習論にも通じるコルブモデルの単純な循環を単に二重化しているだけでなく、循環において『過去』を肯定するか否定するかという「フィードバック」の性質を取り込んでいる。つまり、ワイクは循環を二重化し、フィードバックの性質を取り込むことで、コルブモデルよりも多様な学習の姿を描けるモデルを提唱したのである。しかしながら、それは議論の複雑化を招くと共に、二重の循環の重みやフィードバックの性質の転換など明確に説明し得ない課題も残すことになった。

他方、ヘッドバーグはそのような議論には踏み込まずに結果としての変化の性質に焦点を合わせた。我々自身を振り返ってみれば、学習の二重の循環を意識することなく、結果としてヘッドバーグが示すような性質の異なる学習を経験している。我々自身の経験も踏まえて、調整的・展開的・転換的学習の境界のあいまいさを考えると、学習結果としての変化のスペクトラムを捉えられる議論形成が必要なことがわかる。シングルとダブルに分ける考え方はわかりやすい一方で、現実の学習が程度の問題としてスペクトラム状に進行していることを捨象している。学習という現象を理論化、モデル化する際に何に注目し、何を捨象するのか、そうしたことを明確に意識すると共に、時には複数の理論・モデルを使い分ける必要もあるのではないだろうか。

今回の文献リスト(掲出順)

  1. Kolb, David A. (1976) “Management and the Learning Process”, California Management Review, 18(3), pp.21-31.

  2. Hedberg, Bo (1981) “How Organizations Learn and Unlearn”, Paul C. Nystrom and William H. Starbuck (ed.), Handbook of Organizational Design: Volume 1 Adapting Organizations to Their Environments, Oxford University Press, pp1-27.

  3. Weick, K. E. (1979) The Social Psychology of Organizing 2nd, Addison-Wesley. (遠田雄志訳 (1997) 『組織化の社会心理学 第2版』文眞堂)

  4. Argyris, Chris (1977) “Double Loop Learning in Organizations”, Harvard Business Review, September-October, pp.115-125.

  5. Lave, Jean and Etienne Wenger (1991) Situated Learning: Legitimate Peripheral Participation, Cambridge University Press.(佐伯胖訳(19934)『状況に埋め込まれた学習:正統的周辺参加』産業図書)

  6. Schon, Donald A. (1983) The Reflective Practitioner: How Professionals Think in Action, Basic Books. (佐藤学/秋田喜代美訳 (2001) 『専門家の知恵:反省的実践家は行為しながら考える』ゆみる出版)

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