見出し画像

母の語ること

落ち葉を踏みしめる音のような思い出話を聞いた

戦争末期の母親の思い出

海軍エリートだった親戚が祖母と母に向かって
「この戦争は負けるから覚悟しておきなさい」
とそっと言った話
誰もそれを受け止められず憤ったが
その通りだったと言う話

空襲警報が鳴るたびに駆け込んだ防空壕は
足元はスノコが敷いてあるが
壁に虫が這う嫌な空間だった

祖父は軍需工場勤めで
母たちは保谷の社宅に住んでいた
いつも駆け込む防空壕は工場ともつながっていて
戦争末期爆撃を受けた軍需工場で働く
学徒動員の女生徒たちの逃げ惑うような悲鳴が
防空壕を伝って響いてきた
その声が耳鳴りのように聞こえて
今も忘れられないと言う

向かいの家には軍の偉い人が住んでいて
その家の子どもとよく遊んだが
おやつの時間に家に呼び込まれて入った台所には
一斗缶が積まれ
その中身はその頃めったに見ることのない水飴だった
その甘い味が楽しみでよくその子と遊んだが
今考えると軍の横流しだったのではないだろうか
本来は兵隊さんたちに配られるはずの水飴を
自分は舐めていたのかも知れないと
罪悪感と怒りの入り混じった気持ち

落ち葉を踏みしめるように母の口が語る

まるで泣きながら語るように

楽しい思い出のように

僕は母の顔を見ることが出来ず

母の視線と同じ方向を真っ直ぐに見る

こうした記憶は失っちゃいけない

失っちゃいけない

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?