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Sports Biomechanics Geek #10 〜多関節運動の代表値 力学的必然性とCOM-COP連関〜

これまでも,運動パターンは神経科学的な都合よりも,力学的要請から定まることが多いことを述べた.その運動パターンを規定するものを拘束と表現したが,本章では,COPとCOMのセットが運動を拘束する例を取り上げる.


はじめに

前章や過去の記事で述べたが,COP(圧力中心,cener of pressure)COM(質量中心,center of massまたは身体重心,center of gravity)は,バイオメカニクスにおける代表値である.それぞれ重要な意味を持つが,特に移動を伴う運動ではセットしてその関係を調べることで,大きな意味を持つ.と述べるよりも,多くの場合セットで記述しなくてはいけない事が多い.これまで記事で述べてきた内容は,どちらかというとバイオメカニクス的というか,出力の大きさや,効率についての議論が多かったが,この二つは身体の制御能力を左右する重要な代表値である.

地面反力を対象として考えると,COPは地面に作用する圧力(垂直抗力)の重心で,COMは身体の質量分布の合成重心(いわゆる身体重心)であるが,どちらも単に重心として混同されることがあるが別物である.また,重心動揺計という計測装置があるので,特にCOPを(身体)重心と誤解されている方も多いが,重心動揺計が計測しているのはCOPである.バランス運動の制御をおなっている場合,COMの変動が対の運動のようにCOPに表れるので,変動の大きさだけを観察するとたしかに重心の動揺の大きさが観察できるが,身体重心(COM)を観察しているわけではないことに注意をされたい.

また,COPはどちらかというと,その変動量を観察することで,バランス能力の指標として用いられることが多く,フレイル判定等なども用いられることが多い.

しかし,COMとCOPはセットで考えることで,バランス運動だけでなく,スポーツの能力を考えていくうえで重要な役割を果たす.走る,ジャンプするなど移動や全身の運動を行う競技では,COMとCOPの制御の良し悪しが,能力を大きく左右すると言えるだろう.ここでは,COMとCOPをセットで議論していくが,ここではこの二つの関係をCOM-COP連関(COM-COP association)と呼ぶこととする.

COM-COP連関と力学的必然性

力学的必然性

日常我々が行っている何気なく行っている移動運動も,実は複雑な「力学的な必然性」を満たす必要があることに気がついていない人も多いかもしれない.このような拘束が強く働いていることを,杉原の資料(文献1)を借りて説明する.

図1:(a)右足を上げて元の場所に下ろす.(b)簡単な動作だが,左右足裏にかかる反力と反力中心は複雑に変化する.(文献1を改変)

『図1(a)のように,両足立ち状態から右足を持ち上げた後に再びその場に右足を下ろす運動を考えよう.多くの人が難なく行えるこの振る舞いを力学的観点から説明することは,実はそれほど簡単なことではない.両足に均等に反力がかかっている状態から瞬間的に右足を持ち上げると,倒れ始めてしまう.これを防ぐために,人は,足を上げる直前に重心(COM)を左足に向けて無意識に加速する.右足を持ち上げるには右足裏の反力を0にしなければならないが,重心を左足に向けて加速するには右足裏の反力を増やさなければならない.足裏にかかる圧力中心(COP)に着目すると,両足の真中から一度右足側に振られた後に,素早く左足に移ることになる.つまり,この一連の動作中,足裏反力および反力中心は図1(b)のように変化する(太い実線の矢印が反力,黒丸が反力中心を表す).このような何気ない動作の中でも,人はこのように矛盾をはらんだ複雑な制御をしているのである.(文献1を一部改変)』

我々が何気なく行っている移動を行う場合でも,COP(反力中心)を一旦,動かしたい方向とは反対方向に移動しなくては,実現できないということに注目していただきたい.そして,それは杉原が述べる「力学的必然性」であり,我々の運動はそのような力学的な必然性を満たすように運動を行っている.

我々は,COPがどのように移動しているか,その量などだけに注目しがちだが,背後存在するその「力学的必然性」にもっと注目すべきである.メカニズムと述べてしまうと,その拘束が緩いと感じてしまうが,「力学的必然性」と述べたほうが良いだろう.

前章で述べたボールのリリースと回転の制御でも,ボールに作用する力の方向の変化も,投げるうえでの「力学的必然性」が存在することを意識すべきだろう.

COP-COMモデル

図2

多自由度の身体を制御するのは,ヒューマノイドロボットでも同様に難しく,多くの計算が必要となる.しかし,歩行やバランス運動のように,身体全体の代表値として身体重心(COM)まわりの角運動量が小さい場合は,

図3:ヒトの倒立振子モデル(逆さ箒モデル)

あたかも,逆さまにした箒の先端を身体重心とし,先端を操作する逆さ箒(倒立振子)のように見立てて制御することができる(文献1).これをCOM-COPモデル(文献1では,「重心-反力中心モデル」としている)と呼ぶこととする.つまり,バランスを含めて移動を伴う運動では複雑な多自由度の運動でも,代表値としてのCOMに対して相対的にCOPの位置を操作することで運動を制御しなくてはいけない.

なお,ロボットではCOPをZMP(zero moment point)と呼ぶことが多い.COPは計測する立場の意味で,ZMPはロボットなどを制御する立場で重心の加速度から定めるが,数学的には近似を用いなければ等価である.

これはバランス運動に当てはまるだけでなく,スポーツの多くの運動でも,COMに対するCOPの位置関係の制御能力が高い必要があると考えられる.たとえばバレーボールの選手のCOPの制御能力を,バレーボールの運動ではなく,単にフォースプレートの上でのバランス運動で調べてみても高いことが調べられている(文献2, 3).また,移動運動の少ない自転車競技のエリート選手と普通の選手間の比較では,COPの制御能力に特に違いはなかったという結果も,このことを裏付けているかもしれない.

このことを考えれば,たとえば野球の盗塁や守備のよい選手でバランス能力を調べてみると面白いかもしれないし.また,バッティングや投球でも地面反力をバットやボールに効率よく伝達することは重要なので,そのような運動能力とも関係している可能性があるかもしれない.

COPの偏在

立ち上がり動作や,しゃがみ込む動作などでは,必ずバランスをとるために,身体重心(COM)の位置の真下に足の裏の面(「支持基底面(base of support)」などと呼ばれることがある)が,常に存在する必要がある.つまり,COPも真下に存在しなくてはいけない.面から外れることで,バランスを崩すことになる.しゃがみこんだり,立ち上がる動作では,COPとCOMの位置関係の「力学的必然性」を満たすことで実現できる.

ただし,支持基底面は広がりを持つ.基底面内であればCOPの位置はどこでも良いはずだが,人によってそのような動作でCOPの位置は,前後や左右に偏在するという主張がある(補足1).COPの位置を常に前方に位置しながら立ち上がったり,異なる場面では後方にしながら立ち上がるということを,使い分ける人はあまりいないのかもしれない.確認したわけでは無いが,COPの位置を偏在させ,それが人によって異なるということはあるのかもしれない.

また,もしCOPとCOMの位置が変われば,当然,姿勢が変化し,つまりヤコビ行列に違いが生じ,それによって関節に作用するトルクも変わり,さらに使用する筋肉の分配も必然的に変わる.つまりCOPの位置が偏在すれば,使用する筋肉が動作によって偏在することになる.

にも記述したが,


図4:スクワット姿勢における各関節に作用するトルク

図4に示す立ち上がり動作などでも,COPの位置によって,膝関節か股関節まわりのトルクへの負担が大きく変化する.図3の場合は,赤色と紫色の面積が負担の大きさを示している.COGはCOGのおおよそ真上に位置する必要があるが,COPの位置でこの分配は変わる.

偏在によってどの程度の影響があるかは検証していないが,ヒトの戦略としては,運動するたびに使用する筋肉が変わることはあまりうれしくはないだろう.また,単に膝関節まわりのトルクのほうが強いなどの,体格や筋力特性の偏在が理由となる可能性も十分にある.

ただし,偏在することが良いことばかりとは言えないだろう.我々が柔軟に多様に環境の変化に適応して運動することも,ヒトによっては重要である.エリートアスリートほど,それが柔軟に適応できる能力を持っている可能性もあり,定型的な運動ができる選手よりは,いろいろな場面に環境に適応して対応できる能力も重要だろう.

より詳細な解析を行うために,COMとCOPのセットで計測することは,文献2のように単なるバランス能力の試験からも,COM-COM連関の能力の高さを調べることができるかもしれない.

垂直跳びの例

たとえば閉眼片足だちのようなバランス運動においてCOM-COP連関が重要であることはイメージしやすいだろう.しかし,より動的な運動を行うときの,COM-COP連関はどの様になっているだろう.

たとえば垂直跳びの床反力を想像していただきたい.単純に機械的に考えれば,床反力が鉛直真上方向に向くことが無駄のないよい運動のように思える.このことを考えると,それぞれの足で別々にフォースプレートで左右の床反力を計測すると,左右の床反力の合力は,常に上方を向いていると予想される.しかし,意外とその向きは前後左右に変化し,左右の脚でも異なる.

図5:垂直跳びにおける左右の床反力と合成の床反力

しかし実際の垂直跳びにおける,合成床反力は前後に大きく変化する.このばらつきは人によって大きく異なり,人によって戦略が異なっているようである.これはさきほど述べたように,その人の筋力特性の偏在と関係するのかもしれないが,いずれにせよ前後に移動しながらも,最終的に帳尻を合わせて,上方に向けて跳んでいる(図5参照).

では左右の力の分配についてはどうだろう.図5のように,左右後からは比較的左右対称だが,外側に広がったり,内側に向くフェーズもあり,ある意味無駄な水平方向の力(内力)を発揮しながら垂直跳びを行っていることがわかる.

このように,左右に関しては冗長性を利用して水平方向の押し合い,引っ張り合いの力発揮を行い,前後方向については,運動時間内で帳尻が合うように前後方向に大きく変化しながら運動を行っている.

もしロボットを制御しようとするならば,常に左右と合成の床反力が鉛直上方に向くように制御するのではないだろうか.

また,このときのCOPの位置が足の中で相対的にどのように変化するかを足圧センサで計測するとおもしろいだろう.

おわりに

代表値としてCOMやCOPは,バランス運動のみならず,特に移動を伴い運動を強く拘束する.これを杉原は「力学的必然性」と述べているように,ヒトはそのことに強く拘束されて運動し,COPの位置も規定されるが,地面と接触する足裏が構成する支持基底面内で選択の余地がある.

また,特に高速や動的な運動では,適切にCOM-COPの位置関係を選択するように,姿勢制御する必要がある.

運動能力として出力の大きさ違いが注目されがちだが,こういった制御能力についても注目すべきだろう.


補足

補足1:

4スタンス理論というものをご存知だろうか.筆者はその理論に詳しくはないし,とくにこの主張を支持するわけでもないが,立ち上がり動作や,しゃがみ込む動作などで,タイプ分けが可能という主張は,それが事実であるなら面白い.4スタンス理論の正しさや誤りを説明することが,ここでの目的ではないので,4スタンス理論について深入りしないが,椅子からの立ち上がり動作などでは,理論的には基底面のどこにCOPが位置していてもよいのだが,なぜかヒトによってそれが偏在し,いつも前方や後方偏っているようだ.

なお,そもそも理論という名の用語は,科学的にそれなりに体系づけら,学術の世界で多くの人が認める事実,事象,知識である必要があるが,スポーツの世界で「◯◯理論」と呼ばれている主張は,ごく少数の個人的な主張であることが多い.それらを単純に非科学的とまでは決めつけないが,あまり学会などではお見かけしないことが多い.理論となのるほど科学と無縁さを感じるが,ゴルフの指導書などでは,そのような理論と名付けられたものが数多く存在するが,それに目くじらを立てる必要もないだろう.しかし,面白いことに立派な研究者でも,ゴルフ好きの方は,そのような考え方に傾倒するひとも多いのは面白い.スポーツになると,急にただのひとになるのがスポーツの特徴だ.それもスポーツのよいところかもしれない.

参考文献

1)杉原ロボット工学に基づく二足歩行制御の構成論的理解,第75回 ロボット工学セミナー 歩行の生理学/力学/制御理論と歩行支援ロボティクス,2012.(この資料は,一時期までネットで閲覧できたが,残念ながら現在参照することができない)

2)D. Borzucka, et al., Differences in static postural control between top level male volleyball players and non‐athletes. Scientific Reports, Vol.10, Article number: 19334, 2020.

3)N. Trajkovic ́ et al., Postural Stability in Single-Leg Quiet Stance in Highly Trained Athletes: Sex and Sport Differences, J Clin Med, Vol.11, No.4,1009, 2022.  doi: 10.3390/jcm11041009.

4)C. Albaladejo-García et al., One-Leg Stance Postural Sway Is Not Benefited by Bicycle Motocross Practice in Elite Riders, J Funct. Morphol. Kinesiol. Vol. 8, No.1, 25,  2023. doi: 10.3390/jfmk8010025.



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