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筋肉と筋電計測#1 〜筋電ことはじめ〜

身体運動の活動を最も直接的に計測する方法のひとつが表面筋電計測.モーションキャプチャーやモーションセンサによる計測と比較し,比較的簡便に身体の活動を計測ができる.直接筋活動を計測できるという特性から,筋電を利用したデバイスに筋電義手・義足やゲーム・のコントローラなどがあり,応用も幅広い.

このシリーズ「筋肉と筋電計測」では,筋電計測の初心者を対象とし,筋電計測の概要と,筋電計がそもそもなにを計測しているのかなどについて述べていく.


はじめに

このシリーズ「筋肉と筋電計測」では,筋電計測の初心者を対象とし,筋電計測の概要を述べていくが,詳細は,文献1などをご覧になるのとよいだろう.

また,これまで出版された多くの教科書が,受動電極(皿電極)や有線方式を用いていた時代に書かれているものが多く,現在,主流になりつつある,無線・アクティブ電極(乾式)筋電計の記述が少ないので,ここで紹介していきたい.

さて,運動をしている際の筋肉の電気活動を計測するセンサを筋電計(筋電センサ)と呼び,筋電計で計測された筋電位信号を表示したのが筋電図(EMG, electromyography)である.下記の動画で計測の様子をご覧になっていただくと,

筋電計で筋肉の収縮の強さに応じて信号の振幅が大きくなる筋電位の信号を無線でモニタリングしているのがわかる.筋電位は筋肉の収縮の強さを,筋電位信号の振幅で示している.筋電計で計測される筋電位の振幅が,大雑把に見れば筋収縮力に比例すると考えてよい.

上記動画や図1のように乾式センサ(アクティブ電極を使用.詳細は後述)であれば,たとえば,筋肉の最も盛り上がる場所(筋腹)にセンサを貼って計測を行えば,

図1:筋電図(筋電信号)

図1のような筋電信号を得ることができる.

無線なので若干の遅延があるが,無線で直接的に筋活動を計測できるので,医学,スポーツ科学などの基礎科学だけでなく,これを利用した工学・エンターテイメントなど様々な応用も可能である.

筋電計の装着と計測

図2:上腕二頭筋の筋電計測

通常,筋電計は1 kHz(= 1,000 Hz)間隔,またはそれ以上のサンプリングレート(周波数)で計測する.後述するが,このような比較的高サンプリングレートで計測する理由は,多くの神経活動と同様に高周波の電気信号が筋電位信号に含まれているためである.

計測の詳細な説明は後回しにするが,特に乾式センサを用いれば,計測自体はそれほど難しくない.まずは,計測をどのように行うか,ここで示されている図や写真を参照していただければと思う.

図3:筋電計の装着方向

ここでは,まず,取り扱いが容易な無線式の乾式センサの利用を想定する.筋電計の裏には図3のように3つの電極があるが,この電極のある面を,まずはおおよそで良いので,筋腹と呼ばれる収縮させたときの筋肉が最も膨らむ位置に場所に(図2参照),筋線維(図5参照)方向に沿ってセンサを配置する.ここでは,最低限センサの向きは間違わないようにしたい(図3).

皮膚の皮膚の汚れや皮脂,角質などは計測の妨げになるので,消毒用アルコールを染み込ませた脱脂綿や,アルコールタオル(アルコールウェットティシュ)で軽く拭いて乾かしてから,センサを固定するとなお良い.その後,筋電計にシールを貼って,筋電計を筋腹あたりに貼付する(図4).

図4:乾式センサの電極面.シールを貼って取り付ける

特に角質は皮膚の電気抵抗(インピーダンス)を高くするため,信号が弱くなる原因となる.このため以前は紙やすりで表皮を削り取るというあらっぽいことを行っていた時代もあるが,このような処置は行ってはいけない.必要であれば,専用の皮膚前処理剤などを使用するのが良いだろう.最低限アルコールによる処置は行うのが懸命である.

センサはシールなどで皮膚上に固定するが,特にスポーツなどのような激しい運動では運動中センサが皮膚上を動いてしまうので,その上をたとえばスポーツ用アンダーラップなどで動作を邪魔しない程度にしっかりと固定するとよい(図5).ただし,激しく動かない運動や,センサのテストであるならば,それを省いてしまってよいであろう.

図5:筋電計のアンダーラップによる固定.

あとは計測するだけで,図2のような波形を得ることができる.

筋電計測の概要

そもそも筋電図は何を測っている?

筋電計で計測する信号は筋電位と呼ばれる電圧である.大雑把に述べると,筋電位の振幅は筋の収縮力に比例すると考えてよい.しかし,筋電位は筋肉が発生する信号ではなく,筋収縮を制御する脊髄からの神経信号を皮膚表面の電極で捉えて計測している.一つ一つの神経活動は高周波の単発信号であるが,筋線維を刺激する筋線維が多数あり,繰り返し刺激された複数の筋電位信号をまとめて皮膚表面で観察しているので,図2のような信号を観察することになる.

以下に少し詳しく述べていく(図6参照).

図6:運動単位と筋電計測

筋肉の収縮は最終的に脊髄からの運動神経から指令されるが,図6に示したように,その指令は脊髄からα運動ニューロンと呼ばれる多数の神経細胞を経由して信号は筋線維に到達する.このα運動ニューロンはさらに多数の筋線維を支配し,この複数の筋線維の単位を運動単位(MU:motor unit)と呼ぶ.ここでは各運動単位に個別の色を割り振って示している.神経からの運動電位は運動単位で伝達されるので,個々の運動単位が発生する電位は運動単位活動電位(MUAP:motor unit action potential)と呼ばれる.また,α運動ニューロンと筋線維の接合部を神経筋接合部と呼ぶが,神経筋接合部から信号は筋線維の両側に伝播していく.

なお上腕二頭筋の場合,約700個の運動単位から構成され,さらに一つ一つの運動単位に約700本の筋線維で構成されているとのことである(文献1).

したがって,筋電計(表面筋電)で計測している信号は,筋線維を伝わっている,これらの無数のMUAPが加算された信号を観察していることになる.ただし筋電計は筋収縮を直接計測しているわけではなく,「筋を収縮させる指令信号」のうち体表面の電極付近の活動をローカルに観測することで,間接的に筋の収縮の強さを計測している.

強い筋力を発揮するためには,より多くのMUが活動したくさんの筋電位が加算され,総和として観測される筋電位の振幅も相対的に大きくなる.すなわち,筋電図は活動している筋収縮が強くなるほど,筋電位の大きな振幅を観察することになるが,筋肉の活動を直接観測しているわけではなく,収縮に携わっている神経の活動を観察することで,間接的に筋活動を観察していることになる.このため,線形ではないが,筋電計で計測される筋電位の振幅が,おおよそ筋力に比して増大する考えてよい.

なお,収縮の指令の入り口である,この神経筋接合部は上腕二頭筋などでは比較的狭い範囲に集中している.この集中したエリアは神経支配帯と呼ばれる(図7参照).

図7:上腕二頭筋の神経支配帯の分布例(文献2)

筋電計の種類

筋電計測で広く用いられるのが表面筋電図である.皮膚表面に電極を取り付け計測し,被験者に最も負担の少ない計測方法である.表面電極は扱いが簡便であるが,複数の筋活動を計測してしまう可能性などがあることに注意が必要である.

これ以外に針電極を使用する針筋電図がある.針電極は体表から奥に位置する深層筋の筋活動も計測でき,ピンポイントで狙った筋活動を計測できる.珍しい研究としては,発話中の活動する舌の筋肉を調べるために利用されることもある.ただし,針電極を扱えるのは,訓練を受けた医師などに限られる.

電極

表面筋電で使用する電極の分類は材質に基づくなど,いろいろとあるが,大別すると,パッシブ電極(受動電極,passive electrode)アクティブ電極(能動電極,active electrode)に大別される.

パッシブ電極
 ここまで紹介してきたのはアクティブ電極が中心であったが,ここでパッシブ電極の特徴についても説明する.

図8:パッシブ電極

パッシブ電極は,直径5~10mm程度の繰り返し使用できるタイプ(通称,皿電極)と,電極部分を交換するタイプで比較的直径の大きなディスポーザブルタイプに分かれる.皿電極は,導電性(電極)ペーストと呼ばれる導電性物質を電極に塗って接触インピーダンスを低減させる.ディスポーザル電極の場合,ペーストを使用せずとも安定して計測ができるが,直径が大きく電極間の距離が大きくなる傾向があり,その場合,前腕などの小さい筋肉の計測には向かない.また距離が大きくなるにつれ,隣接する筋肉の活動も拾いやすい.ただし,直径が1cm程度の小型の電極も増えてきた.最近は,いわゆる皿電極は衛生上の観点から見かけることは減り,ディスポーザブルタイプが主流である.

図9:湿式タイプ

電極と生体アンプ間を有線で結んでいるため,このケーブルの接触,運動がノイズを拾い,さらにハムノイズと呼ばれる交流雑音を計測することがある.なお,パッシブ電極を使用した筋電計は湿式筋電計と呼ぶこともある.

図10:湿式タイプの装着例

アクティブ電極
 これに対して,これまで紹介してきたアクティブ電極は細長い金属電極を3個配置した電極を使用し(図4),電極にプリアンプを内蔵する.このため,ケーブル由来のノイズが発生しない.また入力インピーダンスが大きくすることで,ノイズを低減できるため,導電性物質を必要としない.電極のメンテナンスも簡便で,軽くアルコールで拭いたり,銀磨きクロスなどで拭く程度で良い.ケーブルに対する揺れの問題もないが,小型化が進んでいるがそれでも電極全体の質量があるので,接触・固定をしっかり行わないと正確な計測が困難となる.アクティブ電極を使用した筋電計は乾式筋電計と呼ぶこともある.

近年は,乾式+無線(ワイヤレス)タイプの登場で,かなり筋電計測が簡便化されてきた.また,パッシブ電極はケーブルやノイズ対策も必要で,アクティブ電極と比較して良いところが少ないように思われるかもしれないが,電極自体のノイズ特性では湿式のほうがよく,電極の密着度が低いと乾式の優位な特性を利用できないので注意が必要である.

電極配置

まずは,知りたい身体の運動にどの筋肉が関与しているかを知る必要がある.手っ取り早いのは,その運動を行ってみることであるが,文献3,4,5などの解剖学などの書籍をご覧になっていただきたい.

次章以降で電極の貼る位置について述べるが,ここでは筋線維方向と生体アンプの関係から電極の配置について述べておく.

図9:差動増幅と筋電計測

筋電位を計測する際,一般的には2つの電極を配置しその差分を増幅させる差動増幅を用いるが,このような配置を双極(bipolar)配置と呼ぶ.筋線維方向に電気信号が伝播するので筋線維方向に沿って2つ配置する(図9).アクティブ電極を使用する場合は,電極の位置に注意する.

筋電位信号(MUAP)は,筋線維に沿って伝播するが,場所が変わることで伝播時間の分だけ筋電位信号の位相が異なり,すなわち神経支配帯から遠い方の電極の信号に時間遅れが発生し,その差分を検出することで必要な筋電位信号だけピックアップすることができる.また,2つの電極に共通するノイズを差分で取り除くこともできるため,筋電アンプ(生体アンプ)として差動増幅が使用される.

このため,神経筋接合部,または神経支配帯をまたぐように電極を配置してしまうと,結果,打ち消し合ってしまって増幅がうまくいかない.筋腹が取り付け位置の目安であるが,もし,信号が弱いときは,運悪く神経支配帯をまたいでいる可能性があるので,2つの電極の位置をずらすとよいであろう.

また,2つの電極以外に,アース電極と呼ばれる電極を貼ることが望ましい.その名の通り基準となる電位を計測することになるが,ハムノイズなどを取り除くために有用である.通常,手首,足首など,まわりに筋肉が少ない部位に貼るのが良い.

図4のアクティブ電極の場合,アース電極は真ん中に配置されている.

無線方式と有線方式

現在は,筋電計とアンプが小型化・一体化し,さらに無線送信が可能なタイプが増えてきた.センサ(筋電計)内部で信号処理をしてリアルタイムで,別章で述べる積分筋電図を出力するタイプもある.これの利用によって,ロボットや筋電義手や,いろいろなハードウエアの入力デバイスとしても利用可能である.

拮抗筋

筋肉は一方向にしか収縮しないので,蝶番関節の場合,1種類の筋肉は1方向にしか関節を回転させることしかできない.このため,反対方向に回転させる筋肉も生体には備わっていて,この2つの機能的な組み合わせを主働筋拮抗筋と呼ぶ.肘関節の伸展を担う伸筋である上腕三頭筋を主働筋と考えれば,屈曲を担う屈筋は上腕二頭筋である.

そこで筋電計測では,これらの主動筋と拮抗筋をペアにして計測することが多い.

機能解剖学

なお,筋電計測と特に密接に関係する解剖学は機能解剖学とよばれ,身体の運動の仕組み・機能と解剖学を結びつけた学問であるが,文献6は,特にスポーツにおける筋肉の機能について記述した書籍である.身体運動は単純な関節運動の組合わせではなく,この文献で述べているような機能も考え合わせて適切な筋電図を計測することも推奨する.単純に読み物としてもよい.

さらに筋肉について,神経生理学,バイオメカニクスの側面から詳しく学びたい方は,文献7などが参考になるかもしれない.


次章以降,計測の準備とポスト処理の詳細について述べていく


参考文献

1)木塚,増田,木竜,佐渡山,表面筋電図-バイオメカニズムライブラリー,東京電機大学出版局,2006

2) K. Saito, et al., Innervation zones of the upper and lower limb muscles estimated by using multichannel surface EMG, Journal of Human Ergology 29(1-2):35-52, 2001

3)石井,荒川,プロが教える筋肉のしくみ・はたらきパーフェクト事典,ナツメ社,2012

4)林,運動療法のための機能解剖学的触診技術 上肢-改訂第2版,メジカルビュー社,2011

5)林,運動療法のための機能解剖学的触診技術 下肢・体幹-改訂第2版,メジカルビュー社,2012

6)大山,アスリートのための解剖学,トレーニング効果を最大化する身体の科学,草思社,2020

7)ロジャー・M. エノーカ,ニューロメカニクスー身体運動の科学的基盤,西村書店,2017


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