200年後の常識

100年後の22世紀については何度か書いている。
200年後の社会の常識を書いてみる。


200年後に一番変わっている常識と云えば、
お金についての感覚でしょう。

昔、お金と云えば、最も信用できるものの代表でした。
何がなくても、お金があれば信用された時代です。
ところが、今、お金は色々ある価値基準の中の一つにしかすぎません。
重要度の低い基準です。

お金のために一生懸命になる、
お金を手に入れるのが人生の目的というような、
そういう感覚や気持ちをもっている人は、
この世に一人もいないでしょう。

例えば、何かを目標にしたり、発明や発見、
研究や活動などに取り掛かるとき、
楽しいか、やりがいがあるか、社会の役に立つかは考えますが、
収入や富を考えることはありえません。
お金儲けという価値がないのです。

お金があれば何ができるとか、
お金に魅力があるという感覚がないのです。

お金は、多様な価値基準の一つにすぎないのです。
重要性で云えば、かなり低い基準です。

人が行動したり、プロジェクトに加わり、
役割を果たしたりするとき、
その結果で報酬を得るためというのはありません。
ただ、楽しくて、やりがいがあり、
生きがいとなるから、行動するのであって、
報いは満足や幸せです。
人々と協働して達成するという満足感です。

すべてのモノやサービスには一定の基準があります。
それがなされるコミュニティや趣味や人気の大きさで基準が決まりますが、
その基準は、地域やコミュニティで違います。
生活習慣や感じ方が世界の各地で異なるためです。
勿論、世界共通のモノやサービスはあります。
司法や治安などは世界共通です。

この時代、生活するためにはお金は不要になっています。
生産的なことに従事するのは、
その人の趣味や好みや楽しみの一つです。
普通、報酬はありません。
何かをすること自体が楽しみで目的です。

お金という面倒なものは随分前に、
地球の人類社会から消えました。

モノやサービスの提供は、AIとロボットが担うようになり、
人々は生産労働から解放されたのです。

今残っているお金・通貨は、地域通貨です。
ほぼ遊びのような使い方です。
貯めたりするバカはいないでしょう。

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