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日本を離れて思うこと

お世話になります。オリエンティア Advent Calendar 2021 の最終日の記事として投稿します。
現在ドイツ南部で生活しながらオリエンテーリングをしています。
その中で思ったことを紹介します。また、学生オリエンティアが今後「海外でオリエンテーリングをする」1つのきっかけになればと、貴重な貴重なAdvent Calendar 最終日の枠を頂戴しました。


ターゲット

こんな人をターゲットに書きました。

① 海外のオリエンテーリングに興味がある人
② ドイツに興味がある人
③ 留学を志す学生オリエンティア



自己紹介

両親の影響で幼い頃にオリエンテーリングを始めました。中高のブランクを挟み、大学入学後から本格的にオリエンテーリングを再開しました。2016年度入学なのでOB2年目の代になります。

大学卒業後は、元々所属していた入間市OLCで競技を続けています。また、KOLCオフィシャルとして学部生のお世話をしたり、JOAの方と一緒に勉強会をしたりしています。

2021年9月からは、研究のためにドイツのStuttgartという所で生活しています。研究の傍ら OL-Team Filderという地元のクラブに所属して、オリエンテーリングを続けています。今回はここでの経験を通じて個人的に感じたことを、つらつらと書いていきます。



ドイツのオリエンテーリング

初めにドイツオリエンテーリングの背景を記しておきます(*1)。

ドイツのオリエンテーリング人口は「10000人を大きく下回るくらい」とされています(*1)。確かに、大会でもそこまで多くの参加者はいませんでした。日本の練習会と同じ規模感です。

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とある日の会場兼駐車場の風景(著者撮影)

州毎にクラブ数をまとめてみると以下の図のようになりました。割と満遍なく存在していますが、旧東ドイツの方が密度濃くクラブが存在しています。

地域クラブの数

ドイツ国内における州毎のOLクラブ数 (*2)

確かに、クラブの年配の方も、旧東ドイツの方が活発だという話をしていました。その理由の1つが、ドイツオリエンテーリングの歴史にあると思ったので、ここで紹介したいと思います(*1)。


戦前は、陸上競技の一環として「高度なスポーツ」として認知され、それが戦後の東西分裂によって異なる発展を遂げていったそうです。

いわゆる西ドイツでは、スキー協会・体操連盟といった、少し趣の異なるスポーツ団体が代々、監督業務をしてきました。そのため、大衆スポーツ的な発展を遂げたのではないかと思います。

一方の東ドイツでは、様々な制限がありながらも、登山家協会の下で活動をしており、1970年には協会の名称に「オリエンテーリング」が入り、東ドイツ側でWOCも開催されて認知度が高まりました。また、再統一直前に5つの州協会からなるオリエンテーリング協会(DOLV)が設立されるなど、かなり高度にオリエンテーリングが発展してきた様子が伺えます。

1989年の「ベルリンの壁崩壊」後、旧東ドイツDOLVの努力は実らず、旧西ドイツの体操協会に旧東ドイツ側が吸収される形で、オリエンテーリング組織が統合されました。1995年には旧西ドイツ側でWOCが開催されました。

東ドイツでは、早いうちから組織の体制が整っていました。だから現代でも、南部や西部よりも、北東部の方がスポーツとしてのオリエンテーリングが盛んに行われているのでしょう。こういう歴史的な背景が、オリエンテーリング普及の発展に影響しているというのは、大変興味深いことです。

*1) https://o-sport.de/ol/informationen/geschichte/ より
*2) https://o-sport.de/orientierungssport/vereine/ を基に作成



大学クラブがない!

次に、僕がこちらへ来る前のチーム探しで感じたことです。オリエンティア Advent Calendar 2018で、同じように「ドイツのオリエンテーリング」について紹介された方は、ドイツの大学クラブで活動されていました。

なので僕もこれを期待して、まずは大学のクラブを探しました。しかし、全く情報が見つかりません。それどころか、もはや他のスポーツでさえ大学クラブと呼べるようなものは存在しなくて驚きました(*3)。

それもそのはず、ドイツでは学校の部活動が一般的ではないのです。多くの人は子供の頃から、地域の「フェライン」に所属して、体力作りに励みます。この「フェライン」では、様々なスポーツを体験できます(*4)。日本のジムや地域のサッカークラブとは異なり、1つのクラブに多様なスポーツが混じり合っているのです。

オリエンテーリングも例外ではなく、ドイツの大会結果を見ると、所属の欄には「OLC ○○」「OK ○○」ではなく、「TV ○○」「TGV ○○」といった名前がずらりと並んでいます。オリエンテーリングも「みんなのスポーツ」の1つとして認知されているようです。

※ TV :Turnverband eingetragener Verein の略。

これは日本や他の国との大きな違いの1つだと思います。日本だとスポーツ毎に団体が違うのが一般的なので、それぞれのスポーツ間の交流はなかなか難しいものです。でも、ドイツではこの「フェライン」文化のおかげで、様々なスポーツに触れることが出来ます。これはとても良いことだと思います。ただそのせいで「競技としてのオリエンテーリング」の発展に関しては、他の欧州各国に比べて、遅れている感が否めないと思います。

2015年に大規模なOL大会を開催したフェライン

*3) 連邦制度によって地域差が激しい。もちろん地域によっては前述のブログのように大学クラブが存在するし、学生選手権も毎年開催されている。
*4) https://crie.u-gakugei.ac.jp/pub/report/55murakami.pdf など



ドイツオリエンテーリング協会の公式サイト

そんなこんなでオリエンテーリングクラブに入会しましたが、常にクラブの取りまとめがありません。自分で大会を見つけて参加する機会もありました。この時に一番驚いたのが、ドイツオリエンテーリング協会(DOSV)のサイトに行けば全ての情報が手に入るということでした。なので、ここではDOSVのサイトについて少しだけ紹介します。

① O-Manager 
② ナショナルチームのページ
③ お知らせのページ

① O-Manager
ドイツ版 Japan-O-entrYのようなサイト。トップページから飛べて、体裁もトップページと統一されています。

選手情報の登録・大会の申し込み・要項やスタートリストの確認・ルートガジェットへのリンクなど、大会に関する全てがここにまとまっています。

このようなサイトが協会の公式サイトから簡単に飛べるのは良いことだなと思います。日本の場合は公認大会の情報しか載っていないので、海外の人が来ようと思っても、公認大会の情報しか手に入らないのは少し残念です。

※ スイスでは「Go2OL」という似たサイトがあります。


② ナショナルチームのページ
日本だと「強化選手」のページに名前が載るだけですが、ヨーロッパだとナショナルチームに選ばれると、写真や実績がまとまったポートフォリオのページが作られます。ジュニアも同様です。

選手自身のモチベーションアップにも繋がるし、一般的な人が見た時にどういう人がトップ選手なのか一目でわかるので、良いなと思いました。

ただ、こちらのトップ選手はほとんどがドイツ国内にはいません。今年はワールドカップと日程が被ったせいで、ドイツ選手権にすら参加していませんでした。そのため地域クラブの人たちは、雲の上の存在だと言っていました。日本では「トップ選手とそうでない人たちの距離が近い」ので、これはある意味良いことだなと思いました。

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例: Susen Lösch選手のページ(DOSVのサイトより)


③ お知らせのページ
様々な情報を入手できます。例えば、「MapRunを使ってこういう情勢下でもオリエンテーリングをやってます。」「MTBOの大会で△△のコースを走って○○の成績でした。」など、トピックは多岐に渡ります。

事務的な内容だけでなく、トップ選手の動向・ドイツ各所での活動の様子が目に付く形で更新されているのは、ドイツのオリエンテーリング事情を知る上で、とても有益だなと感じます。

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例: デンマークのトレキャンについての記事
DOSVのサイトより)


他にも歴史についてのページや、学校教育とオリエンテーリングについて取り上げたページなど、上げれば切りがないくらい、色々な魅力が詰まっています。ドイツオリエンテーリング協会のページというのは、初めての人が最初にアクセスするであろう場所なので、そこが充実しているのは、オリエンテーリングを普及していく上でも大切なことだと思いました。



ここからは大会に参加して感じたことです。

日本と同じ感覚で走れる

ドイツでの大会に参加して、まず感じたのは「日本と似てる。案外行けるじゃん。」という印象でした。確かに日本よりも緩やかで、コンパスをしっかり使わないとミスに繋がりやすい場面は多いです。それでも「分かりやすい線状特徴物でコントロール近くまで寄せてアタック」という日本と似た戦術で戦えるので、日本人でもすぐ馴染めます。

ドイツではどの森林にも手が加わっているおかげで、道が多くて森の中は比較的明るいので、地図の印象以上に気持ち良く走ることができます。

もちろん地図記号もほとんど同じです。ただし、地形的特徴に乏しい森が多く、細かい地形の描き方に慣れていない印象を受けます。植生もかなり曖昧です。日本の地図作成レベルの高さを常々実感しています。

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典型的なドイツの森(OL-Team Filder 提供)

Daniel Hubmann選手がドイツの森を駆ける動画



子供が多い

日本でもそれなりにキッズオリエンティアはいますが、ドイツでは前述の「フェライン」文化のおかげで、家族でオリエンテーリングを始めるケースが多く、子供がたくさんいます。でも単に子供が多いだけではなく、彼らが楽しめるような仕掛けも多い気がします。例えば、

① ちょっとした売店が必ずある
② 会場に遊具がある

① ちょっとした売店が必ずある
これはドイツでもスイスでもそうでしたが、レースを主催する団体が必ずスイーツや飲み物を用意してくれています。レース後はみんなで集まり、そういうものを口にしながら、思い思いの時間を過ごします。子供たちもレース後のスイーツを目当てに?レースを頑張ります。

こういうのは日本でも最近増えてきたように思いますが、すごく良い文化だなと思います。

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レース後のひととき(著者撮影)

② 会場に遊具がある
これはドイツでもスイスでもそうでしたが、会場には必ず遊具がある気がします。お父さん・お母さんの帰りを待つ子供たちが、よく一緒になって遊んでいるのを目にします。

僕自身も幼い頃の記憶をたどると、待ち時間はやはり退屈で、ゲームで遊んだり、近くの草むらに秘密基地を作ったりしていました。そういう時に何か遊具があれば、遊びの幅が広がって良かったなと思いました。

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ドイツの大会会場にある遊具(著者撮影)

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スイスの大会会場にある遊具(著者撮影)

日本オリエンテーリング界では、学生や社会人への普及には精力的ですが、子供たちへの教育的な普及とかその辺りは最近、影が薄い気がします。オリエンティア Advent Calendar 2021(裏)の15日目も、そのような内容の記事だったと記憶しています。子供達へのオリエンテーリングの関わり方について、改めて考えてみても良いのかなと思いました。



いつでもどこでも練習できる

日本にいた時以上に、練習に対する敷居が低いです。個人的には以下のような理由が効いてる気がします。

① 自然はみんなのもの
② 電車に自転車を載せられる
③ 徹底的な歩車分離(市街地OL)
④ OL用アプリ:MapRun 6

① 自然はみんなのもの
森林に対する意識が違います。ドイツでは個人的な利用の範囲内ならほぼ全ての森林への立ち入りが許されていて、利用許可申請も要らないと聞いたことがあります(*5)。ハイキング・マウンテンバイク・乗馬など、オリエンティアじゃなくとも誰でも、暇さえあれば森に来ます。
日本だと「大会を開こう!」と思っても、「ここの土地は○○さんので、あそこは××さんので...」みたいなことがよく起きていました。日本でオリエンテーリングするのは大変なんだなと改めて感じます。

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森とポスト(著者撮影)

(*5) 2020年度に慶應義塾大学環境情報学部の授業で習った内容ですが、認識に誤りがあれば教えて頂けると幸いです。

② 電車に自転車を載せられる
これはすごくありがたいです。日本では採算の取れる一部地域にしかサイクルトレインが走っていませんが、ドイツではほぼ全ての列車に、自転車を載せられます。日本のように駅と森が離れているのが普通なので、車を持ってない身として、これはとても便利です。

※ そもそもドイツは改札機が存在しないため、あらゆる方向から入場可能な地平駅が一般的であり、それが普及の大きな要因だと思います。

自転車道も割と整備されていて、走りやすさも保障されてます。
とはいえネット記事とか旅行本でよく書かれているほどには整備されてない所もあるし、ちょっとしたアップダウンも多いので注意。日本よりもっと厳格に車と同じ扱いで、ルールも厳しい印象です。

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備え付けのバンドで自転車を留める。(著者撮影)

③ 徹底的な歩車分離
これは市街地・住宅街でオリエンテーリングをする時に感じたことです。
日本でやろうとするとどうしても安全面の問題が出てくるのが、市街地OLだと思います。ドイツでも安全面の問題にはもちろん注意して大会を開いていましたが、基本は自己責任でした。でも何というか、それを謳うだけのインフラが整っている印象を受けました。

どんなに小さな生活道路でも必ず歩道がついてる気がします(石畳の旧市街地は別)。なので、基本的に歩道を走っていれば車との衝突は避けることが出来ます。また多くの人は道を横切る以外では歩道を走っていました。

日本だと、生活道路に歩道が無いのが当たり前だと思います。その点で車と競技者の接触リスクが高いので、競技時間帯の交通制限を取るとか、そういうことが必要になってきてハードルが上がる気がします。

あとは、歩道が付いているということは単純に道路が広いということなので、見通しも効いて早めにリスクヘッジ出来て、そういう所も理にかなっている気がします。

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この狭い道にも左側に歩道がある(著者撮影)

※あくまで個人的に感じたことです。統計的に調査したわけではないので違うかもしれません。

④ OL用アプリ:MapRun 6
日本のNaviTabiと似たようなアプリを使ってトレーニングしています。MapRun 6といいます。冬の間は常駐のテープが巻いてあり、あとはこのMapRunをしょって走ることで、タイムが計測もできます。別の団体の人と競えるので、個人練習には有難いアプリです。

ホームページによると、オーストラリア発のアプリで開発資金は助成金、維持費は寄付で成り立っているようです。なので使用料は0です。ガーミンに入れて使えるMapRunGというアプリを使ってる人もいました。

どこの国も同じように技術開発が進んでるんだなと改めて感じました。NaviTabiとMapRunの特徴の違いがまだ良く分かっていませんが、今後も引き続き使ってみて検証したいです。

※ MapRunには、ドイツOL協会のお墨付きもあるようです。



最後に、少し別の話で終わりとします。

留学とオリエンテーリング

今ここにいる一番の目的は、研究活動です。ですが、4割くらいは「欧州へ行けばオリエンテーリングが出来るしな」という気持ちもありました。

留学をしながらオリエンテーリングをする」ということについて、この決断をして本当に良かったです。よく「スポーツを通じた国際交流」みたいなことが言われますが、本当にそれでした。

異国の地でオリエンテーリングができる喜びはもちろんのことですが。現地の輪に入り、一緒に遠征をして、たまに宿泊をしながら、レースの反省をして、そして互いの国のことについて語り合う。日本もドイツも大して変わらないなと気づけたことが何よりの収穫です。

だから僕は他の学生オリエンティアにも、留学してオリエンテーリングをすることを強く勧めたいです。ヨーロッパに来れば、ほとんどの国でオリエンテーリングが出来ます。むしろドイツがオリエンテーリング途上国なくらいです。国際基準の大会も頻繁に開催されているので、レベルの高いコースにも挑戦できます。

ぜひチャレンジしてみてください!


最後の最後に、
2月からは主にスペイン・フランス・スイス・ドイツあたりのWREに参加しようと考えています。たぶんWorld Cupも、WOCの併設大会も参加します。こちらへ来る方がいれば、お声かけください。現地で会えたら嬉しいです。


それではみなさん、2021年も残りもう少し。
頑張ってください!

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