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厚生労働省のモデル就業規則をベースに検討する

1 はじめに

経営者のみなさまが起業したばかりの時は、おひとり、またはご家族と一緒に業務を担っていたことと思います。従業員を採用し始めたばかりの頃は、みなさまの目が届く範囲に従業員がいて、密なコミュニケーションにより組織一体の会社を作り上げていたかもしれません。
しかし、組織が大きくなるにつれて経営者と従業員の距離は広がっていくことが一般的です。十分に意思疎通ができないケースもあれば、様々な価値観を持った従業員が集まることでトラブルが発生することもあるかもしれません。

就業規則は労働者の労働条件や待遇、ルールを明確に定めたものです。就業規則内に基準をはっきりと定めておくことで、労使間のトラブルを回避することが期待できます。
また、どうしても就業規則は「規律」や「ルール」といった労働者を締め付けるイメージを持たれがちですが、丁寧に作り込んだ就業規則は会社の文化や安心感を従業員に提供する力も秘められています。
会社を守る・・・という観点だけでなく、従業員が働きやすい環境をつくる・・・という観点も持って就業規則を作り上げていくことが望ましいです。

就業規則が会社経営にとって重要なものであることはご理解いただけたかと思います。
私としては就業規則は「経営者さま」と「社会保険労務士」(または「弁護士」)の二人三脚で作成していくことをお勧めします。
どのような会社にしたいのか、従業員にどのようなキャリアを提供したいのか・・・経営者さまの熱い想いを聞きながら、社会保険労務士が法律に則った最適解を探していく・・・この方法が1番合理的であると考えています。

今回は就業規則の基礎を学んだ後に、厚生労働省が公表している「モデル就業規則」をベースにどのように就業規則を作成していくのかを要点を押さえながらご紹介して参ります。

(参考)モデル就業規則について(厚生労働省)

私は100社あれば、100通りの就業規則が存在すべき・・・という考えを持っていますので、今回のお話は正解・・・としてではなく、あくまで参考程度としてお考えいただきたいと思います。
少しでも就業規則作成のヒントになりましたら幸いです。


2 就業規則の基礎

(1)作成の要件

従業員を常時10人以上雇用している企業に義務付けられています。

(参考)労働基準法第89条

(作成及び届出の義務)
第89条  
常時10人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。

ー以下省略しますー

労働基準法

ご注意いただきたいのが、従業員10名の要件は事業所単位で考えます。
例えばA会社がB事業所で7名の従業員、C事業所で5名採用していた場合はA会社に就業規則の作成義務はありません。

しかし、就業規則は労使間の目線合わせをする上で重要なものであり、従業員の人数に関係なく設けるべきものと言えます。
(実際、10名未満の従業員がいる多くの会社で就業規則は作成されています)

(2)絶対的必要記載事項

就業規則に必ず記載しなければならない項目です。

  • 労働時間に関すること(始業および終業時刻/休憩時間/休日/休暇/労働者を2組以上に分けて交替して就業させる場合は就業転換に関すること)

  • 賃金のこと(賃金の決定、計算および支払いの方法/賃金の締切および支払いの時期/昇給に関すること)

  • 退職のこと(退職/解雇事由)

(3)相対的必要記載事項

各事業場内でルールを定める場合に記載しなければならない項目です。

  • 退職手当(適用対象となる労働者/退職手当の決定、計算および支払方法/退職手当の支払い時期)

  • 臨時の賃金(賞与等)と最低賃金額関係

  • 費用負担(労働者に食費、作業用品その他の負担をさせることに関する事項)

  • 労働者の安全と衛生に関すること

  • 職業訓練

  • 災害補償および業務外の傷病扶助に関すること

  • 表彰および制裁の種類及び程度に関すること

  • その他、事業場の労働者すべてに適用されるルールに関すること

(4)法令および労働協約との兼ね合い

就業規則で定めたものが適応されないケースが存在します。
例えば法令の定めに反した就業規則は無効です。また労働組合に加入しており、労働条件を労働協約で定めていた場合、労働協約の内容が重視されます。

(参考)労働基準法第92条 

(法令及び労働協約との関係)
就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。

労働基準法

当然のことではありますが、法令や労働協約の内容よりも就業規則の内容の方が従業員にメリットがある場合は、基本的に就業規則の内容が優先されます。


3 モデル就業規則をベースに検討する

それではこれから厚生労働省が公開しているモデル就業規則をベースに、特に重要な点を抜粋して、どのような就業規則を作成すべきかポイントを紹介して参ります。

(参照:厚生労働省 モデル就業規則について)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/model/index.html

Word書式で公開されていますので、こちらの就業規則をベースに編集することが可能です。
また、外国語版も公開されていますので、外国人労働者を雇用している経営者さまはご参考ください。

(1)総則

就業規則の目的、対象者を明確にします。
正社員や契約社員、パートタイムの従業員等、雇用契約毎に就業規則を作成することも可能です。
(例:就業規則/契約社員就業規則)
全ての雇用契約の従業員を対象とした就業規則を作成する場合、労働時間や賃金制度等、雇用契約に応じて異なる定めをしているケースがほとんどなので、規律や基準が誰を対象にしているのか明確にするよう注意が必要です。

【チェックポイント】

  • どの雇用契約の従業員が対象の就業規則なのかを明確にする

  • 就業規則の目的について、会社の想い・メッセージを差し込むのかを検討する

(2)採用・異動等

会社がどのような従業員体験(Employee Experience)を提供するのかを定めます。

【チェックポイント】

  • 従業員採用時に必要な提出書類を明記する(会社および従業員が目線合わせする)

  • 試用期間の明記(3〜6ヶ月が望ましい)、および試用期間中の業務内容によっては解雇の可能性があることを明記する

  • 人事異動や出向の可能性がある場合は、その旨を明記する

  • 休職制度を設ける場合は、その旨を明記する。そして、休職制度はいたずらに長期化しないように、「休職回数」や「休職期間」を明確にし、その水準を超えた場合には、退職とする旨を明記する。

(3)服務規律

従業員が守るべき規律や、ハラスメントの禁止を明示します。
就業規則に明記することで、従業員への抑止効果を期待することができます。

【チェックポイント】

  • 従業員が判断できない観点の服務規律を明記する(例:在職中及び退職後においても、業務上知り得た会社、取引先等の機密を漏洩しない/個人で利用しているSNSで会社および競合企業の批判をしない・・・等)

  • ハラスメントの禁止を明記する(パワーハラスメント/セクシュアルハラスメント/マタニティハラスメント)

  • 始業及び終業時刻の記録のルールを明確にする(自己申告とする場合は、定期的な実態調査や、従業員にとって不利益な運用にならぬよう会社がフォロー体制を構築する)

  • 遅刻・早退・欠勤の手続きは明確なルールを定める

  • 休職した職員が復帰する際は、会社側で復帰の判断ができるようイニシアチブを明記する(例:診断書の提出を要求する)

(4)労働時間、休憩及び休日

絶対的必要記載事項かつ従業員にとっても関心高い項目です。
従業員から臨機応変な対応を求められるケースが考えられることから、トラブル回避の観点からも、様々なケースを就業規則に整理することを推奨します。

【チェックポイント】

  • 考えうる就業時間を全て明記する(交代制やシフト勤務)

  • 休憩時間は時間を指定とするのか、裁量とするのかを検討する

  • 変形労働時間制を設けるか否かを検討する

  • 時間外及び休日労働等の可能性について明記する

  • みなし労働時間制、フレックスタイム等の導入について検討する

  • 勤務間インターバル制度を設けるか否かを検討する

(5)休暇等

年次有給休暇の利用ルール(計画的付与や時間単位の付与)やその他休暇制度を整理します。

【チェックポイント】

  • 年次有給休暇の計画的付与について検討する

  • 年次有給休暇の時間単位の付与について検討する

  • 年次有給休暇を付与する基準日を明確にする

  • 慶弔休暇や病気休暇の検討(法令上必須の休暇ではありませんが、従業員のワークライフバランスを充実させるべく要検討)

  • 育児・介護休業、子の看護休暇等のルールを検討する

(6)賃金

賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切及び支払の時期並びに昇給に関する事項は、就業規則の絶対的記載事項です。
なお、賃金制度は複雑かつボリュームが大きいことから、就業規則ではなく、別途「賃金規程」を作成している会社が多いです。
(就業規則に賃金規程の存在を明記する必要があります。また作成した賃金規程は労働基準貫禄署へ提出する必要があります)

【チェックポイント】

  • 雇用契約に応じて賃金形態が異なる(昇給や賞与支給の有無等)場合、対象となる従業員を明確にする(又は、雇用契約に応じた賃金規程や就業規則をそれぞれに作成する)

  • 各種手当を明確にする(通勤手当や家族手当、役職手当等)

  • 通勤手当を支給する場合、対象(例:車通勤の交通費を認めるか否か/自転車通勤の駐輪場定期は対象とするか・・・等)や計算方法(例:公共交通機関の定期代金は○ヶ月分を支給する/ガソリン代の補助は通勤距離1kmあたり○○円・・・等)を明示する。

  • 昇給時期を明確にする(不定期とする場合、従業員の不信感につながらないよう、昇給に対する会社の考え方・メッセージを従業員へ届けることを推奨します)

  • 時間外勤務手当や休日手当、深夜手当の具体的な計算方法を明記する

  • 年次有給休暇取得時、休暇制度利用時の賃金支給内容を明記する

  • 賃金の〆日、支給日を明確にする。(第3火曜日・・・のように、月によって支給日が大きく変わるような支給日を設定することは避ける)

  • 賞与を支給する場合、算定対象期間と支給日を定める。また、会社業績による不支給可能性について明記する(賞与の支給については支給額や計算方法を明確にすることで、会社にとって負担につながる可能性が出てきます。あくまでも会社業績によるプラスアルファのものである・・・という位置付けが望ましいと言えます)。

(7)定年、退職及び解雇

従業員のキャリアのひとつの区切りとして定年を定めます。定年後の雇用ルールを明確にすることで、従業員にキャリアイメージを提供できます。
退職については、期間の定めのない雇用の場合、従業員はいつでも退職を申し出ることができますが、就業規則に○日前までに退職の申し出をすることを明記することで、従業員へ配慮のお願いをすること自体は可能です。
また、解雇につきましては、極力トラブルを回避するために、具体的な解雇要件を記載することで従業員へ抑止効果を与えることが望ましいです。

【チェックポイント】

  • 70歳までの高年齢者就業確保措置の努力義務が課されている件について対応の検討

  • 雇用継続の基準を設定する

  • 従業員が退職に至る場合のケースを検討する(退職届の提出/休職期間満了時・・・等)

  • 解雇事由を具体的に明示する。ただし、解雇が禁止されている事由については避ける(例:信条/性別/労働者が業務上の災害で休職中/妊娠や出産を理由としたもの・・・等)。

(8)退職金

退職金制度は必ず設けなければならないものではありません。
しかし、退職金制度を設けて、その算出方法を従業員に明示することで、従業員が具体的な将来を設計することを支援できます。
(離職防止の効果が期待できます)

【チェックポイント】

  • 支給対象者を明記する(正社員/契約社員/パートタイムの従業員)

  • 退職金の計算方法および支払方法や時期を明記する(従業員の退職後に懲戒処分に値するようなトラブルが発覚するケースがありますので、計算方法や支払い時期には注意が必要です)

  • 解雇の場合、退職金の減額等を実施するか検討する

(9)無期労働契約への転換

有期の雇用契約を繰り返し更新している従業員の通算労働期間が一定期間を超えた場合、従業員の申し出により無期雇用契約へと切り替えることを明示するか検討します。
(労働契約法上では通算5年を超えたとき、従業員の申し出により無期雇用へと転換する)
就業規則への記載は必須ではありませんが、法律よりも優遇した基準(例:有期雇用が通算2年を超えた場合に無期雇用へ転換する)を定めている場合は就業規則に明示することを推奨します。

(10)安全衛生及び災害補償

会社が従業員の安全衛生を守るため必要な措置を講ずることを宣言すると同時に、従業員が守るべきルールを具体的に明示することで抑止効果を期待します。
また、健康診断やストレスチェックの結果次第では、従業員の就業場所の変更、作業の転換、労働時 間の短縮、深夜業の回数の減少等、必要な措置を命ずる可能性についても言及することが大切です。

(11)職業訓練

会社が業務として従業員へ職業訓練を命ずる場合に就業規則に明記します。職業訓練の内容を記載するより、従業員が職業訓練を受ける責務や、手続きについて記載するケースが多いです。
なお、従業員が退職した場合に、会社が職業訓練の費用の返還請求をするということを就業規則に記載したい・・・という話を受けることがありますが、会社指示による職業訓練について費用返還の請求をすることは従業員を不当に拘束していると判断されかねませんので、避けるべきと考えます。

(12)表彰及び制裁

表彰制度は従業員を褒め称えて士気を上げていくことを狙っています。
制裁はいわゆる「懲戒処分」を指しており、具体的な懲戒事由を定めて法律に則った運用が必要です。
(就業規則に懲戒事由が定められていないにも関わらず、裁量で懲戒処分を従業員に課すことは避けるべきです)

【チェックポイント】

  • 表彰制度の対象、報酬を具体的にすることで、従業員のモチベーション工場につなげる

  • 表彰制度を就業規則に定める場合は、惰性の運用とならぬよう、会社をあげて取り組み、表彰制度の価値を高めることを目指す

  • どの懲戒処分(けん責・減給・出勤停止・懲戒解雇)を採用するか検討する

  • 懲戒事由を具体的に設定する

  • 法律の基準を超えた懲戒処分を設けない(例:減給は、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない{労基法 第91条})

(13)公益通報者保護

会社の不祥事について、従業員等が会社の法令違反行為を通報した場合に、 解雇等の不利益な取扱いから保護する公益通報者保護法が定められています。
従業員数が常時301名以上の会社は、この法律に準じて内部規定の定め、および運用する義務があります。
(従業員数が300名以下の会社は努力義務。当該取り組みの運用予定が無い場合は就業規則への記載は割愛します)

(14)副業・兼業

会社が従業員の副業を認める場合、労働時間や守秘義務の遵守、競業行為の禁止等を明確に定める必要があります。
また、従業員が副業を開始する前の手続き(例:届出制/承認制)を明記することで、会社が従業員の副業状況を理解しておく工夫を講じる必要があります。


4 最後に

就業規則は規律・ルールであると同時に、会社(経営者さま)の想いが反映されたものであるべきです。
就業規則は改訂こそできますが、不利益変更のハードルは高く、頻繁な更新も従業員にとって不安を与えかねません。
ぜひ、丁寧な検討を重ねて、素晴らしい就業規則をご作成ください。

なお、神庭社会保険労務士事務所では無料Web相談も承っています。

経営者さまのコストニーズに応じたサービスがご提供できるよう尽力しますので、ご検討のほどよろしくお願い申し上げます。



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