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【開運酒場】街と酒場は訪ねてみないとわからない〜自由が丘〜

今回訪ねたのは東京目黒区の自由が丘。

え、自由が丘に酒場なんてあるの?

と思ったアナタ。たしかにオシャレなイメージのある街だ。

オヤジ好みの飲み屋などなさそうだが、これが結構あるんです。

例えば、伊丹十三や山口瞳も通った名店「金田」、その隣には激シブのウナギ酒場「ほさかや」、オシャレなマリクレール通りには怪しい「よりみち横丁」なんてのも、

ですが今回はそれらではない。

その前に、お参りだ。

やはり神社仏閣などなさそうだが、神社とお寺のない街などありえない。

あっても、それは街ではない。少なくとも俺は街と呼ばない。

で、自由ヶ丘の氏神は、熊野神社。

熊野信仰は、平安時代の中期よりあったが、公家勢力が衰え武士階級の時代、つまり鎌倉時代になるとより盛んになった。

ところで、自由ヶ丘の熊野神社の境内には一体の銅像がある。

それは、自由ヶ丘の開祖と呼ばれる栗山久次郎の像だ。

実は彼こそ、旧地名・碑衾(ひぶすま)村大字衾字谷畑から、現地名・自由が丘に変えたキーマン。

詳しくは2019年10月15日発売「おとなの週末」の小生連載「東京タイムトリップ」をご参照あれ(はい、宣伝です)。

いずれにせよ、自由ヶ丘の氏神である熊野神社と、街の開祖である栗山久次郎像を拝んだら、さあようやくお清めだ。

お清めの場所は「自由が丘デパート」。

自由が丘デパートといえば、昭和28年創業の老舗ショッピングモール。駅正面口の目の前にあるのにあまり存在感がないのは、すでに町の風景の一部になっているからだろうか。

1階は金物店や総菜店など生活用品売り場。

地下1階は趣味の専門店街。2階と3階が飲食店街だが、3階こそがディープな酒場街。廊下の両側に整然と居並ぶスナックや小料理屋は昭和の香りプンプンだ。

ちなみにかつてはこの3階が屋上で、ローラースケート場があったそう。ローラースケート……時代やねえ。

さて、どこに入るか。

いきなりカラオケスナックは早い。

ハンガリー料理も唐突過ぎる。

小料理「座頭市」?

いかにもな名前だが、こういう店が一番当たりだったりするのを経験で知っている。

エイや! 経験と勘を信じて引き戸を開けた。

のれんをくぐると中はこれまた昭和の居酒屋風。カウンターの中には恰幅のいい五分刈り頭のマスターが。まるで勝新。だから座頭市?

「はは、話すと長いんだけど、まあそんなもんだよ」とご主人。強面だけど物腰は柔らか。思わずほっとした。

オススメだという焼酎の玉露茶割りに、大皿料理からいくつか注文し、緊張で乾いた喉をうるおす。

先客は中年男性。テレビではNHKの「家族に乾杯」をやっていた。

「俺、鶴瓶と同い年なんだよね」と先客。

すかさず「俺も」とマスター。

スマホで調べたら笑福亭鶴瓶は67才。

え、そんな歳なの?

目の前の2人もイメージより若い。今時の67歳が若いのか、自分が歳をとってあまり歳上に感じないのか、たぶんどちらもだろう。

あと数年で50歳、自分も立派な“人生折り返し組”なのだ。

先客と入れ違いに、30前後の女性客がやって来た。なかなか素敵な女性。話し振りから常連らしい。青森出身。祭りの話に花が咲く。ちなみにマスターは神輿が大好き。神輿の写真が店内にはたくさん貼られている。

さらに1人、2人、3人と女性客ばかりがやって来た。皆、マスターを慕っているのが話しぶりで分かる。うらやましい。

思わず「マスター、モテますね。そんなふうなのに」と言うと、女性客の1人がこう言った。

「あら、そんなふうってどういうこと? イケメンじゃない」

どうやら俺は年齢だけでなく、人を見る目もないようだ(だからモテないいのだ)。

でも良い店を嗅ぎ分ける嗅覚だけは自信がある。

だって1軒目から居心地が良すぎて、ハシゴするつもりがもうすぐ終電の時間なのだから。

オシャレなのはイメージだけ。

実は自由ヶ丘は、人情味あふれる、下町ライクな街であった。

今日も運気が開けたようで。

(開運度※★★★★/ご利益※=自由を貫けるでしょう)

※筆者の個人的な見解です。

※日刊ゲンダイに連載中の「東京ディープ酒場」の内容を、著者自ら加筆修正しました。

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