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vol.004 話は捻ってから

ソーセージを知らない者が居るだろうか。きっと居ないと思う。坊やだろうが、お年寄りだろうがきっと誰しもがソーセージに馴染んでいる。

日々のお弁当に。団らんの朝げに、晩酌の当てに。ふとした日常の皿の上に、まるで当然の顔して横たわるソーセージ。

煮て良し。焼いても良し。込み入った段取り無用。滋味深いパンに挟もうが、炊き立ての白米に添えようが、如何なる文化圏の食卓に放り込んだとて個性的な食材たちとも難なく手を繋ぎ、いつだって最高のパフォーマンスで魅了する。

そんな食材界のトップスターとも呼ぶべきソーセージを、ボクは裏の精肉店から直送の、沖縄ですくすくと育った健康な豚肉で料理する。

それもただの自家製ではない。由緒正しきドイツ製法だ。

ソーセージはドイツと相場が決まっている。専用のマシーンに専用のノウハウ。小さな空間に工場顔負けの設備をみっちり配備して、長い年月をかけて育まれた確かな製法で以って、日々、丁寧なものづくりときたもんだ。

他にそんな店が何処にあるってんだ。

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ふるふるとわななくボクの横を過ぎ、高価な大型機械が次々、容赦なく店舗に搬入される。店が段々と形になるにつれ、財布が信じられない速度で痩せてゆくのを目の当たりにし、ボクはいよいよ、狂ってしまった。

先だって、誰かがおずおずと店のドアを引いて覗いた。

「すみません、ここは何のお店の準備ですか」

ソーセージ屋さんです、と応える。

「なんだ。お菓子屋さんじゃないんですね」

残念、と言わんばかりにその人は踵を返した。これが一回や二回の話ではない。その事がボクのナーバスに拍車をかけた。

ソーセージ専門店が流行らないだって?

ないない。そんな訳ない。

思い返してみろ。弁当箱を開いて、そこに真っ赤に輝くソーセージの存在を認めたあの瞬間。歓喜に乱舞したあの遠足の想い出。嬉しかったなぁ。そして実に美味しかった。誰にも例外なく覚えがあるはずだ。

そうさ、ソーセージほど万人に愛される食べ物は他にあるまい。

昼夜問わずの脳内首脳会議は、ほぼ満場一致で「成功」の二文字に沸いている。恐れることなどない。きっとお客さまは買いにいらっしゃる。

待った。

小癪な少数派が異論を突き付け、にわかに頭がザワつく。安堵も束の間、ふと思い返してみる。

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Q.1 外出の目的がソーセージだった事がかつて1度でもあったろうか。
ない。

Q.2 スーパー以外でソーセージを買った事があったろうか。
ない。

Q.3 気の利いたお菓子を差し置いて、ソーセージをお土産に選んだことがあったろうか。
ない。

おぞ気がして来た。

ソーセージ屋が世に受け入れられる理屈よりも、自身の日常が、実はさほどソーセージと歩んではいなかった事実にボクは戦慄した。

思えば、最後にソーセージを食べたのはいつだった。思い出せない。あんなに大好きなはずなのに。

夜。シーツを首までかぶり寝転んで、暗闇の中、じっと天井を見つめる。身震いが止まない。

誰もが知るところのソーセージ。実は大して求められちゃいないのではないか。

自問を繰り返し、まんじりともせず朝を迎える。店が完成に近づくにつれ、不安がかさんでゆく。不安で身も心も極端に細った頃、とうとう店舗に「TESIO」の看板が設置される事となる。

テシオ。

自ら世話をして育てる、という意味の、「手塩(てしお)に掛ける」の諺から名付けた。

丁寧に、想いを込めて育む。自家製屋のイメージに打って付けだとよくぞ思い付いたと喜んだものだが、果たしてその名にふさわしい仕事がボクに出来るだろうか。

外国人ばかり闊歩する、ましてやこんな夜の街での商売だ。続けたくっても、客が来ないんじゃ話にならない。

何もかもが恐ろしくなり、暗い面持ちでうな垂れてみる。ぐぅ、と腹が鳴った。

なんだ。落ち込んでいても腹は減るもんだと苦笑して、ソーセージでも食べようか、と思い立つ。

思えば開店準備ばかり気を取られて修行を終えて沖縄に引き返して以来、まともにソーセージを捻っていない。

誰かに認めて貰う。そんな事以前に、自らを勇気付けられる、そんなソーセージを作ろう。お商売、の前にものづくり。無償で愛でられる仕事でなければ、手塩も何もあったものじゃない。

ステンレス製のぴかぴかの作業台に映る情けない顔が可笑しくて、1人、何か獣のように叫んで、ボクは裏の肉屋に向けて飛び出した。

駆けてゆく道中、連なる商店その中に、人の営みが覗いた。年季の入った佇まい。それぞれに、続けただけのドラマがある事が分かった。夜の街と囁かれるコザにも、燦燦と照る陽の下で営む店々が、街の景色を彩っている。

それぞれがかつて、ボクと同じ不安、或いは期待の中でスタートを切った。そう思えたら、不思議と肩の力が抜けてゆく。

厨房に戻り、ソーセージを捻る。

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ひとつひとつ連なる様子が街と重なった。想いがたっぷりと詰まった、小さな塊。TESIOの存在もまた、この1本の腸詰さながらだ。

美味しく出来たろうか。

熱したフライパンの上で出来立てのソーセージが湯気と共に躍る。焼けた肉の香りが、今初めてTESIOの店内に立ち込めているのに気付いて、瞳にじんと熱が灯った。

ボクの仕事を街に届けられる日がいよいよ迫っている。

ジュージューと転がしながら、空腹の事などすっかりと忘れていた。今はぼんやりとただ、芳ばしく色付いてゆくソーセージを眺めている。

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【嶺井大地 プロフィール】
1984年那覇生まれ。2017年沖縄市にて、ドイツ製法による自家製ハムソーセージ専門店TESIO(テシオ)をオープン。2019年にはドイツで開催される国際コンテストIFFA(イーファ)にて、沖縄県内初となるゴールドメダルを獲得。2020年、24の専門店によるコザの街歩き企画「KOZA SUPER MARKET」を主催し4,000人を動員。現在も街の盛り上げに夢中で取り組む。


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