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vol.002 コザだからこその訳

壁から生えたじゃばらの煙突が逆光を受けて、黒く視界に居座った。

眼を引き絞って、手のひら越しにその先端を見やる。ボクの他に作業服の大人が3人、同じく額に手をかざし、眩しそうに、狭い路地にひとまとまりになって宙を仰いでいた。汗を滴らせ、じぃっと凝らす。

その内誰かが、「おっ」と声を上げた。

筒の先からほやほやと、もやが、辺りを伺う様に覗いたかと思うと途端、真っ白な煙に変わりどうどうと吐き出され大きく、高く高く空へ立ち昇ってゆく。

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ソーセージショップTESIO(テシオ)に設置されたスモークハウス(燻製機)の煙突が今、排煙に成功したのだ。ワッと歓声が立ち、にわかにほぐれた。

「ハハ、いよいよですね。これで好きなだけ、旨いソーセージが作れるってもんですね」。棟梁がボクの肩を叩いて揺さぶった。

好きなだけ、ソーセージが作れる。

嗚呼。やっと漕ぎつけた。それが出来る土地をボクはどれ程求めて来たか。

ここは当初思い描いていた場所ではない。それでも、やっと手に入れたボクの立つ舞台だ。

安堵からか、単に煙が目に沁みたか。頬を涙がつたって、たぎるアスファルトに弾けた。

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1年ほど遡った或る日。ボクは珈琲屋の机に、賃貸情報誌を山高く積み上げて、
血まなこでページを繰っていた。

「ソーセージ屋さん? あ、燻製をなさる。大きな機械も入れて。左様ですか。音が出ますね。

お客様、大変心苦しいのですが。近隣のご迷惑になりかねませんゆえ」

目当ての物件は幾らでも見つかったが、問い合わせたところで嘆息混じりに諭される。「いや、しかし」と食い下がり、「悪しからず」とはねられる。気が付きゃ10件が100件となり、ボクは遠くを見つめていた。

「また断られた」。ツーツーと細く鳴く受話器を力なく耳に当てながら、悔しさに歯噛みする。

反面、納得もしていた。

子供の手を引くにこやかな家族。腕組んで弾む朗らかなアベック。公園に鳩が歌う穏やかな昼下がりを引き裂くように「盛大に煙と音をまき散らします」と力強く宣言するボクを誰が歓迎するだろうか。

無理もない、と情けなく肩をうなだれる。

それでも、諦める訳にはいかない。遠い彼の地で独り、ボクは厳しい修行に耐えて来たのだ。

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業界でも権威と名高い静岡のあのドイツ伝統製法の老舗に籠り赤鬼とも青鬼とも呼べるような恐るべき師匠たち(兄弟で営んでおります)に蹴られようがちぎって投げられようが、めげずにしがみついた末、確かな技術を身に着け、胸を張って故郷、沖縄に戻って来たのではないか。

目を細め、遠い日に想いを遣り、改めて身震いする。血が滲む、どころか漏れてなかったかあれは。

「このままでは報われない」

怖気をなだめ、気を取り直すも心配は拭えない。

ボクは理想の土地に出逢えるだろうか。

この際である。贅沢は言うまい。

金持ちの暮らす都市でなくて良い。文化がもてはやされるニュータウンだとか、
ラグジュアリーヒルだとかオーシャンビューだとか。そんなものにはうんざりだ(猛烈に憧れるけれども)。

ソーセージさえ、満足に作れりゃ良い。

培った業を発揮したい。やっと手にした夢に報いたい。それもこれも、肝心な場所が決まらなければお話にならない。

路頭に迷うとはこの事か。やけっぱちに頭を掻きむしっていると

「コザ、どうだ」

叔父からの着信である。

叔父はコザにテナントビルを購入したばかりでまさに店子を求めているのだった。可愛い甥の苦悩を知ってか、丁度良いと寄越した助け船。有り難い。持つべきは身内想いの親戚に限る。

しかし待てよ。コザ。

あの夜の街。米兵ばかり闊歩して、活気と言えば夜ばかり。昼間はシャッターが街を埋めると噂されるそんなコザで、物づくり。

呆れっ面で思案して、ハッと気が付いた。

打って付けじゃあねぇか。

そうだ。コザはサービスの街。あるのは店、店、店で、人の暮らしとは距離がある。ましてや界隈、夜間営業ばかりだとすれば、日中に音を出そうが煙吐こうが人様の御迷惑にならないのではないか。

ソーセージが、作れる。

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光明がレーザービームとなってボクを打ち抜いた。すぐさま頼み込んで、あらゆる条件を否も応もなく受け入れ、結果、こうしてボクは今、煙突から止め処なく湧いて出る煙を眺めている。

何処までも高く昇ってゆくその姿にこれから始まるTESIOの未来を重ねては、一人悦に入るのであった。

陽が出ている時刻、人の往来が無い街の売り場としての不利はとてつもなく感じていたが、ひたすらに無視を決め込んで、ウットリと空を見上げていた。



【嶺井大地 プロフィール】
1984年那覇生まれ。2017年沖縄市にて、ドイツ製法による自家製ハムソーセージ専門店TESIO(テシオ)をオープン。2019年にはドイツで開催される国際コンテストIFFA(イーファ)にて、沖縄県内初となるゴールドメダルを獲得。2020年、24の専門店によるコザの街歩き企画「KOZA SUPER MARKET」を主催し4,000人を動員。現在も街の盛り上げに夢中で取り組む。


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