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vol.005 街の営みは恋に似て

或る、深夜。

ギッ、と恐る恐る、スモークハウスのドアを開く。覗き込んだ顔をドッと強い熱気が叩いた。思わぬカウンターパンチに身を強張らせるが早いか、真っ白な湯気が、視界いっぱいに立ち込める。

霧が掻き消えて見通しが露わになったその先、およそ6段のスタック所狭しと、張り詰めた褐色の腸詰が、ズラーッと整列している。

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総重量20kg。

大小400本余りの、大量のソーセージがボクの目の前にぶら下がり、揺れている。

何て光景だろう。これが日常になるのか。

滑らかな曲線に脂が照りつける。ひとつひとつ見つめ、仕上がりを確かめる。悪くない。万遍なく燻されている。

どれ。味わいはどうだ。

なぞるように、列に指を走らせてこれだ、と1つ摘まんでみる。触れた指先がジーンと熱い。ピンと弾く程にみなぎっている。そそる佇まい。

よだれを滴らせながら、いよいよ、と口に運んで
ぴたり、躊躇する。

師の下を離れ、己の力だけでつくるソーセージ。上手に出来たか不安で、腸詰のみなぎりに反して、次第に気は萎える。

仮に、だ。しくじっていたとして。この400本のソーセージ、どう始末をつけよう。素材に報えない事は即ち、これまでの努力に報えない事だと、途端に怖くなった。

指先からどんどん熱が失われてゆく。恐れを為して呆けてるこの間にもハウスから採れ立ての旬、は容赦無く遠ざかる。

ふぅ、っと息を吐き
祈る気持ちで、えいやとかぶりついた。

一寸、歯をぐっと受け止めて、パチン! と景気良く音を立て、熱々が口いっぱいに弾けた。

午前10時50分。

チラと視線を遣ると大量の洗い物が、山とシンクから溢れていたが構っちゃいなかった。

そんな事より、これでもかと満たされたショーケースをまじまじと眺めては、うっとり悦に入っていた。

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色とりどりのソーセージにハム。ベーコン、ミートローフ、パテにテリーヌ。師匠の仕事に馴染んだボクにとって、どこか不恰好な出来栄えに呆れてしまうが、見栄を張って買った大きなケースはボクの料理一色で隅々埋め尽くされていた。

今日、TESIOがコザにオープンする。

余裕を以って設けたつもりの開店予定日は、逃げる隙など与えまいと、日毎、加速する勢いで迫り、とうとう追い付いてしまった。

オープンは11時。この街に暮らす、顔も知らぬ誰かを想い、デートの約束が迫る様なときめきに怯えながら、胸を昂らせる。

落ち着かない自身の挙動に笑みが漏れる。いそいそと身支度しながら時計を気にする様子は、恋、さながらじゃないか。

髪を撫で付ける様にウィンドウを磨き、ネクタイの歪みを合わせる様に商品を整える。

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この街に佇む、数え切れない程の店々。そのどれもがこうして「初めて」を迎えたんだと思うと、じわぁ、と満たされる様な心持ちがした。

開店からその先もずっと、会いたい顔を浮かべながら、焦がれ待ち侘びて。そんな日々が続いてゆく。

その内、街の誰かにこんなボクの営みだってきっと求められ、愛して貰える。かもしれない。

寝起きするばかりじゃない。日常に、純な想いが溢れる街。そんな街をつくるのも、暮らすのもまた、人だ。

今日の胸の滾りを、忘れたくないなと思った。

気付けば時計は定刻を指している。さぁ。このシャッターを開けるとボクの人生がいよいよ動き出す。

尻込みしたい気持ちは、真夜中に食べたソーセージの味わいが打ち消した。

遠い地で、初めて本物の腸詰を口にした感動を、ボクのキッチンで再現出来た誇りが、そのまま力となって背中を押してくれる。

古びた重い鉄の扉にぐっと指を差し込みガタガタ持ち上げると、暗がりの店内に、強烈な街の光が徐々に差し、満たしてゆく。眩しさにしょぼくれたボクの目が視界を取り戻す頃、そこに足下がひとつふたつ並ぶのを認めた時、込み上げるもので、再び目の前がじわじわとボヤけて行った。

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【嶺井大地 プロフィール】
1984年那覇生まれ。2017年沖縄市にて、ドイツ製法による自家製ハムソーセージ専門店TESIO(テシオ)をオープン。2019年にはドイツで開催される国際コンテストIFFA(イーファ)にて、沖縄県内初となるゴールドメダルを獲得。2020年、24の専門店によるコザの街歩き企画「KOZA SUPER MARKET」を主催し4,000人を動員。現在も街の盛り上げに夢中で取り組む。


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