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実家が無くなる日 前篇

引越しをした。
と云うよりも実家を取り壊した、が近いかもしれない。私は少し変わった生活をしていて、私の家族は既に新しい家でしばらく生活をしている。私は母がなくなり誰も住まなくなった実家を、弟がそこを建て替える算段が取れるまでの間、繋ぎとしてそこで生活をしていた。築40年以上の古い戸建てだ。冬は寒いし夏は暑い。勿論私の新居の方が快適なのだが、この実家に戻る数年間実は仕事の兼ね合いで単身赴任をしており、人生初の一人暮らしを謳歌していた。そこに母の死に伴いこの話が舞い込んできたので仕方ないなというていで実家に戻ることにした。4人暮らしの家庭だった我が家を1人で使える贅沢感が最初(本当に最初の数ヶ月である)はあったが、1人のサラリーマンが管理をするにはやはりいささか大きすぎた。古い家屋なのでネズミの被害は酷かったし、何より父母のものがそのまま残っているのだ。いつかは処分しなくては行けないのは分かっているが、夜家に帰ってきて炊事洗濯を行い残りの少ない時間で出来る事は、やはり私のやりたい事をやってしまう。休日も新家のフォローもあるし、アルバイト(趣味事だ)もしたりしてると、やはり今すぐやらないと行けないものでは無い事は後ろ送りにしてしまう。そう、ここに書かれることは全て云い訳なのだ。少しづつでも日にちを決めて処分なりなんなりをすれば良いだけの話なのだが、そんな事が出来るのであればこんな駄文は書いていない。中年の家族持ちがする一人暮らしはそれだけ蠱惑的だった。特に私のような趣味を持つ人間には。


新しい牙城

そんな生活を数年続けてたある日、愈々退去が決まったと知らせを貰った。赤紙である。本腰を入れて家のものをどうにかしないといけない。なんせ建て壊しだ。全て壊すのだ。私の荷物もどうにかしないと行けない。急に最前線になる戦場、孤軍奮闘、増援は一切無しの絶望的な状況だ。何度もいうが、自業自得で済む話なのだこれは。それは、誰よりも1番良く私が知っている。それでも日常は続いており、仕事とアルバイト、家事は粛々と執り行わないと行けない。やれる事から少しづつやる事にした。完全に宿題が山積みの机を前に腕を組む花山薫のそれである。花山には木崎がいるが、私には残念ながらいない。仕事は幸い閑散としているのでその間に手順を考え、かえって実行、考え実行。その繰り返しだ。期日は決まっている。その日までやるだけなのだ。

40年住んだ家の残穢がひと月やそこらで、しかも自分一人でどうにかなる訳は無いのは分かっている。不可能なところは外注するしかない。個人の回収業者を頼み、仕事に行きつつその人に家族の不要な部分を依頼した。1週間くらい掛けてピストンで持ち出してもらう。必要なものは抜いておいて下さいと支持を受けたので、初めて家族のタンスの引き出しを開ける。ものがみつしり詰まっている。下の引き出しをあける。みつしり詰まっている。その時はじめて気がついた。ああ、血だったのだな、と。私のおたく癖を母は大分嫌がっていた。それは私は冬の時代のおたくだからだ。宮崎が事件を起こしおたくは犯罪予備軍だと云われた時代のおたくだから、母はとてもそれを懸念していた。そう云う目で見られていたのは重々わかっていた。しかしながらこれどうだ。対象が違うだけで、集める奇癖は同じではないか。開ける引き出し全てにものが詰まっていた。私は業者に伝えた。全ていりません、と。困ったのはなまものである。私も知らなったところに冷蔵庫(中々のホラーだ)があり、その中に保存食だったものと思しき瓶詰めがでてきたのだ。それも中々の量の。業者はこういうものは引き取れないと云う。これは後で私が処理しますと断り、そのほかのものは全て廃棄してもらうよう依頼した。そう、ものの分別があるのだ。要るものと要らないもの。一々考えていたらすぐに日が暮れてしまう(しかも冬なので名実ともにすぐ暗くなる)。ここはルールを設けよう。5年未満の動いていないものは取っておく。10年未満の動いてないものは都度選別、10年以上動いてないものは即廃棄。それと10年以上古いものも廃棄にした。家電なんかがそうである。使えそうと思うな、とジャッジメントチェーンを心に、制約と誓約をかけた。迷えば死ぬ。そうして、1階の共用部分は業者に、2階の私のものは私が執り行うと決め、実行に移る。諸々のアルバイトや作業は一段落つけたので、塗装環境も一旦片付けられる。期日まで2週間。何とかなりそうだ、と確かにその時は思ったのだ。


捨てられないものもあるのだ

仕事に行き、帰ってきて飯を食い荷造りをして寝る日が始まった。下は順調にものが減っているように見える。しかし2階はどうだ。まず本の量が尋常じゃない。中学生位から漫画や模型誌、小説を読み始めて以来、私は本を売ったり捨てたりした事が基本的にない。つまり、30年前から本は増え続けている。30年分の雑誌があるのだ。1000冊近い雑誌だ。ここで私は新たなルールを本に関しては作った。雑誌は捨てる。漫画小説は最近のもの以外は売る。雑誌の梱包だけで休みが1日潰れ、本の選定、梱包だけで四日かかった。ダンボール実に30箱である。私は学生時代本屋でアルバイトをしていたので知っているのだが、本屋はガテン系の仕事である。雑誌も10札束ねれば6キロになる。ダンボールにみっしり漫画を詰めれば10kgになる。しかも本は全て二階にある。絶望的な状況だ。兎角体力を削られる作業だった。何とか目処がたち、次は模型関連荷造りだ。ただここで問題がひとつ発生するのだが、気づくのはもう少しあとになる。


希望者は現れず

後篇に続く

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