100日怪談 97日目

僕はその後、あの森林公園には二度と近づかなかった。
それともうひとつ、あの黒猫が我が家の一員になった。名前は「侘助」
古臭い名前だと思うだろ?ここに住んでいた先代さんの名前を拝借したのだとか。
今日、僕はカレンダーを見たのだ、カレンダーには赤い丸がつけられており、学校登校日なのだ。
僕はあの学校へはなるべく近寄りたくは無かったのだが……この町にはあの学校しかないみたいだ。
学校登校中に家の近所でゴミ収集場からは右目だけ欠けた日本人形が転がっている。
「あんなところに捨てたりはしないでしょ」
僕はあの人形を見つけたことをこの後、後悔することになるとは思わなかった。
学校に着くと、職員玄関へチャイムを鳴らすと、見た目は厳ついが、雰囲気は優しい先生が出迎えてくれた。
「初めまして、黒墨くん。私はこの学校の教頭の石田と申します。」
教頭先生は丁寧に挨拶してくれたのだ。
学校内を案内すると、どうも自分の教室近くトイレが薄ら寒く、不気味な程に違和感を感じる。
「どうしました?黒墨くん。」
「あ、いえ、すみません、なんでもないです。」
僕は完全に怖気付いてしまった。
「ここが貴方の入る教室です。」
石田先生はここで教室に入るように教えてくれたのだ。
教室を後にして、校長室に入ると、担任の先生であろう、素朴な雰囲気の優しい男性の先生が出迎えてくれた。
「初めまして、黒墨さん。貴方の担任になる奈良橋と申します。」
奈良橋先生は、僕の入る教室へ連れて行ってくれた。
「今日から転入生が来ました。どうぞ」
「初めまして、今日からお世話になります。黒墨 航太です、よろしくお願いします。」
僕はおどけながら自己紹介こそしたものの、拍手は聞こえてきた。
「黒墨くん、窓際にある席に座ってください。」
奈良橋先生が言うと周りは少しざわついた。
「そこって、あの子がいた場所でしょ?」
複数の生徒から聞こえる恐怖とも似つかない声がコソコソと聞こえてくるのだ。
「よぉ、俺は神崎 藤花。あんたが噂の転校生か?」
「どういうこと?」
僕は自己紹介された神崎の方を見て顔色を窺った。
「だってさ、あの家に住んでるんだろ?」
「あの家にはもう誰も居ないよ」
僕は笑ってやり過ごした。
神崎はムッとした顔で、こんな事を言い始めた。
「あの家、この町では有名なんだぞ、なんたって『開かずの襖』のある家なんだろ」
「あぁ、あの人ね。昔の家の当主様だったらしいしな。」
僕は涼しい顔をしながら神崎に向かって話した。
「あの人は悪い人なんかじゃないよ、それに供養したよ。」
「あぁ、そうかい。悪かったよ」
神崎は手を合わせて僕の方へと向き直ったのだ。
「しかしな、亡くなった奴の席へ座れって、奈良橋も酷いこと言うよな。」
「え、どういうこと?」
僕ははっとした。あの時のあの人?
「黒墨、知らないんだっけ?ここのクラスの噂、教室の近くにあるトイレあるだろ?あそこでさ、日本人形持ったまんま首吊った奴がいるって話」
「はい?」
思わずびっくりしてしまった。
朝見かけた右目の欠けた日本人形、トイレでの不気味な雰囲気。神崎の話を聞いてはっとしてしまったのだ。
「亡くなったのって?ここのクラスの人?」
「そうだけど……」
「ねぇ、そろそろホームルーム始めてもいいかい?」
「はい!」
僕と神崎は奈良橋先生の声で前を向いて授業を受けた。
僕はさっきの話が気になり過ぎて授業が頭に入らい。右目の欠けた日本人形、トイレの異様な雰囲気、ずっと考えていたらいつの間にか昼休みになっていた様だった。
「ねぇ、神崎くんここで何があったの?」
「あのなぁ、あんまりここで話しない方がいい」
クラス中をよく見ると何故か僕に視線が集まっている。
「黒墨、お前と同じ席の奴が何人か死んでんだよ。」
「どういうこと?」
クラスの人達の目はまるで僕を不気味な目で見ていた。
「どうも、日本人形が原因らしいんだよ」
「日本人形?」
今朝見た日本人形とはなんの関係があるのだろう。ぼんやり考えていると5時限目の始業のチャイムが鳴る。
「そろそろ移動教室だよ」
神崎は席を立ち、僕と一緒に来るよう、話してくれたのだ。
時刻は16時、僕は入る部活も決まっていないのでそのまま帰ることにした。
あのトイレを覗いてみると不気味な雰囲気と、黒い何かが漂っている。
家路に着く前に相変らず、日本人形がぼくの方を覗いていた。
ひた…ひた…ひた
何かが着いてくる。僕はばっと振り返るが今朝ゴミ置き場に置いてあった日本人形と神崎がいた。
「はえっ?神崎君か、なにしてんの?」
「あっひゃっひゃ、黒墨、お前面白いんだな。」
「はぁ?それどういう意味?」
僕はイラッとしてしまった、それと裏腹に神崎は日本人形を持って挑発している。
「いや、だって俺の家、お前と同じ方向ってか近所なんだけど。」
「あ、そうなの?」
僕は素っ気ない返事をしてしまった。
「黒墨、これあげる。」
渡されたのは今朝ゴミ置き場にあった右目の欠けた日本人形。
「え?ちょっと神崎君?」
「じゃあな黒墨。」
そう言って神崎は家に入ってしまった。
右目だけ欠けた日本人形ってのもなんか愛着が湧いてきてしまった。
「家に帰ったら直してあげるね。」
そのまま家路に着くと侘助が出迎えてくれた。まだ誰もいないようだ。
「ただいま。」
「おい坊主、お前また変なモン持ってきて……それ今すぐ返してこい!!」
何故か侘助にまで怒られてしまった。
「これ?右目直してあげるの。」
「馬鹿者!いいから戻してこい。」
彼はかなり激怒している。
「へ?なんで、また明日戻してくるよ。」
僕はこの時後悔した。あの時、侘助の言葉通り戻して来ればこんな事にはならなかったのに。
その夜。僕は真夜中に目が冴え、喉が渇いたので水がひたすらに欲しかった。起きようとしても起きられない。
人形が僕の方を向いて睨んでいる。
「オマエ……ハンニン?コロス」
頭の中に響く不気味な低い声、これは誰の声でもない。侘助の声でもない。
僕の部屋に入ってきた侘助は人形に睨みを効かせ静かに入っていった。
「お前、坊主に何した?」
「オンネン…ハラシニキタ。」
僕はその間、身体はピクリとも動かないのだ。金縛りにも似た感覚と何故か頭だけは動く。
「ようワシの家族に向かってやってくれたな。」
侘助は怒りとも哀れみとも似つかない声を人形に向けている。
「侘助、助けて。」
僕は頭で念じてはいるものの段々と意識が薄らいでいった。
まただ…あの森林公園の時と一緒だ……
クラス中の人から罵声を浴び、物を隠され、教科書はボロボロに破け、ノートには罵詈雑言が書かれている、暗闇の中で誰かが泣いている。
僕は勇気を出して声を掛けてみた。
「君は、どうしたの?」
「奈良橋には気をつけろ。」
顔こそ見えなかったものの、その人は怒り狂ったような声をしていた。奈良橋先生が?
そんな……
ジリジリとうるさく鳴り響く目覚まし時計に目をやると午前7時を指している。昨日僕の方を覗いていた人形はというと人形は陶器製のようで、粉々になった粉末とその中に混じっていた髪の毛は女性の黒く、長い髪の毛を連想させるものだった。
「ひっ」
僕は情けない声を上げてしまった。
「よう坊主、お前あれだけ言ったのになんで戻してこなかった!」
侘助はぴしゃりと航太を叱り付けた。
「だ、だって、神崎の奴が……その人形やるって…」
「そんな言い訳あるか?」
ドスの効いた低い声が僕を正常な意識へと戻す。
「いや、なんでもない。僕が返してくればよかった。」
「お前今回は本当に常世へ連れてかれるところだったんだぞ」
侘助は本当に怒っているようだった。
「ナラハシ?って奴、あの男が犯人の様だな。」
「先生が?」
「まぁ、今日にでも学校行ってみ、理由が解るだろ。」
侘助は呆れた顔をしながらするりと僕の横を通って行った。
学校へ行くとトイレは何故か不気味な空気は消えていて、教室に入ると何やら騒がしかった。
「はい、席に着いて、これから大事な話がある。」
教室にいたのは奈良橋先生ではなく、教頭の石田先生だった。
「今朝、奈良橋先生は亡くなられました。死因はまだ警察の関係者が調べています。」
昨日のあの人の言葉だけが頭に残る。
「奈良橋には気をつけろ」
僕はぼーっとしたまま昨日の出来事を整理していた。
「よっ、黒墨おはよー」
神崎がニヤニヤしながら教室に入ってきた。
「なんか今日機嫌良いね。」
僕は神崎が何か知っているような面持ちで話しかけてきた。
「なぁ、奈良橋先生居なくなったのって、知ってっか?」
「それならさっき教頭先生が話してたけど……」
ぼーっとした頭のまま神崎に話した。
「あれ噂止めるための嘘に決まってるやん、だってさ、あれどう見てもあの子がやったんだよ。」
「はぁ?」
どういうことだ?よくわからんぞ神崎
「だってさ、奈良橋先生、クラスの奴いじめるように指示してたのアイツだよ。俺見たんだって、黒墨が来る前に自殺した子がいたってあの男が原因だぜ、いなくなって当然だよな。」
開いた口が塞がらない。教師が生徒にイジメをする様に話すものなのかな?
「教頭先生知ってんの?」
神崎がすかさず答える。
「そりゃ、この学校の理事長の息子だもん、口封じはされるよね。」
「は、ははは」
僕の笑いがクラス中に響いている。
「死因知ってんの俺の親父だぜ、聞いちまったんだよ、首の周りに明らかに女の手のサイズで首を絞め殺されたんだとよ、それと、喉に人形?の髪の毛詰まってたらしいよ」
やばい……明らかにやばかった。
そしてまたしても今日の授業が終わった後、全校集会が開かれ、奈良橋先生の死亡事実が伝わったのと、イジメを示唆していたのが校長の口から伝えられ、やはり侘助の言っていた通りだった。
学校から帰る途中、神崎が声を掛けてきた。
「よぉ、黒墨、帰ろうぜ」
「あ、うん。」
なんで神崎はあそこまで知ってたんだ?
不思議としか思いようがない。
今日の事を家に帰って侘助に話した。
「奈良橋の奴、因縁で死んだな。」
侘助は戒めの様に言う。
「虐めた者への因縁と恨みは恐ろしい。坊主、それが嫌ならそういう事はするな。」
「そうするよ。」
悲しみに暮れながらも、憎悪を募らせることはやってはならないな。

100日怪談 97日目 終了

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