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定本作業日誌 —『定本版 李箱全集』のために—〈第四十一回〉

 今日は前からやってみようと思っていたことを実行する。
 それは、日本で流通している二つの李箱全集の情報整理をすることだ。


 現在日本でアクセスしやすい李箱のテキスト全集はいくつあるだろう。
 最も代表的な「李箱作品集成」(崔真碩訳、作品社、2006年)は絶版になり、値段高騰が著しい。
 最近出版された「翼 李箱作品集」(斎藤真理子訳、光文社古典新訳文庫、2023年)は記憶に新しい。訳者である斉藤さんが「李箱作品集成」の復刊を希望していたが事は動くのだろうか。私もこの書籍は所有しているが、大学生の私が買おうとした時点で10000円近い値段で取引されていて渋った記憶があるが、今現在の市場価格が50000円以上にまで高騰している様を見ると、渋りながらも購入してよかった。勿論図書館では閲覧可能だ。
 あともう一冊「李箱詩集」(李箱著、蘭明訳編、花神社、2004年)があるが、私も所持しておらず、収録テキスト情報が不確かなため比較ではなく紹介に留めておくことにする。また、その他にも李箱のテキストが収録されている書籍はあるが(「韓国文学の源流 短編選 失花」(呉華順訳、書肆侃侃房、2020年)など)全集ではないので今回は取り扱わない。


 現在日本国内で確認できる李箱のテキスト全集としてこの二つの書籍に収録されているテキストを今回は整理していきたい(もう一つあった気がするがそちらも絶版でタイトルが思い出せない)。テキストの数が最重要事項ではないが、どれほど紹介されているかによって、その国での需要と研究進度を推し量るための十分な材料にはなり得ると思う。

 では「翼 李箱作品集」「李箱作品集成」の順に収録テキストを整理していこう。


「翼 李箱作品集」(斎藤真理子訳、光文社古典新訳文庫、2023年)

〔詩〕烏瞰図オガムド 詩第一号
〔小説〕翼
〔日本語詩〕線に関する覚書1
〔詩〕鳥瞰図 第十五号
〔小説〕蜘蛛、豚に会う
〔紀行文〕山村余情──成川紀行中の何節か
〔小説〕逢別記
〔童話〕牛とトッケビ
〔随筆〕東京
〔小説〕失花
〔書簡〕陰暦一九三六年大晦日の金起林への手紙
〔散文詩〕失楽園
〔詩〕烏瞰図 詩第四号
 
計13作収録 
※「烏瞰図」というテキストから詩第一、四、十五のみ抜粋しているが、一旦書籍内の区分に従って数えた



「李箱作品集成」(崔真碩訳、作品社、2006年)

[ 小說 ]
蜘蛛、豚に会う

逢別記
童骸
黄牛と鬼
終生記
失花
恐怖の記録
幻視記
断髪
金裕貞―――小説体で書いた金裕貞論


[ 随筆 ]
山村余情――成川紀行中の幾節
EPIGRAM――誰も知らない私の秘密
美しき朝鮮語
幸福
秋燈雑筆
十九世紀式倦怠
失樂園
東京

[ 日本語詩篇 ]
『異常ナ可逆反応』より
異常ナ可逆反応
破片ノ景色
▽ノ遊戯
ひげ
BOITEUX・BOITEUSE
空腹

『鳥瞰図』」より
二人1
二人2
神経質に肥満した三角形
LE URINE

運動
狂女の告白
興行物天使

『三次角設計図』より
線に関する覚書1
線に関する覚書2
線に関する覚書3
線に関する覚書4
線に関する覚書5
線に関する覚書6
線に関する覚書7

『建築無限六面角体』より
AU MAGASIN DE NOUVEAUTES
熱河略図 No.2
診断 0:1
二十二年
出版法
且8氏の出発
真昼

『朝鮮と建築』巻頭言より
一九三二年六月
一九三二年七月
一九三二年八月
一九三二年九月
一九三二年十月
一九三二年十一月
一九三二年十二月
一九三三年五月
一九三三年六月
一九三三年七月
一九三三年八月
一九三三年十月
一九三三年十一月
一九三三年十二月
李箱年譜

計37作収録
※書籍内の区分に従って数えた。今回の場合、『異常ナ可逆反応』異常ナ可逆反応/破片ノ景色/▽ノ遊戯/ひげ/BOITEUX・BOITEUSE/空腹の6作で一作として定義されているためそれに従って、1カウントとした

結果、二つの書籍で紹介されているのは、 合計41作

 これら二つの書籍の中には、李箱のテキストと確定されておらず、李箱のテキストである可能性が高いとされている「巻頭言」が掲載されているが、確か私の記憶ではその類の註釈はなかったと記憶している(斎藤真理子訳は未読なので不明)。


 では「정본 이상문학전집(定本李箱文学全集)」に収録されているテキスト数を数えてみよう。


[ 詩 ]

異常한可逆反應
破片의景致
∇의遊戱
수염
BOITEUX・BOITEUSE
空腹
鳥瞰圖
三次角設計圖
建築無限六面角體
꽃나무
이런詩
一九三三, 六, 一
거울
普通紀念
烏瞰圖
・素・榮・爲・題
正式
紙碑
紙碑
易斷
街外街傳
明鏡
危篤
I WED A TOY BRIDE
破帖
無題
無題(其二)
失樂園
最低樂園(遺稿)

한個의밤
隻脚
距離
囚人이만들은小庭園
肉親의章
內科
骨片에關한無題
街衢의추위
아침
最後
遺稿
무제
구두
習作 쇼오윈도우 數點
無題
哀夜

一九三一年(作品 第一番)
獚의 記 作品 第二番
作品 第三番
悔恨의 章
斷章
與田準一
月原橙一郞
喀血의 아침


[ 小説 ]

十二月十二日
地圖의 暗室
휴업과 사정
집팽이 역사
황소와 독깨비
불행한계승
지주회시
환시기
날개
단발
동해
김유정
봉별기
失花
終生記


[ 随筆、その他 ]

血書三態
散策의가을
山村餘情
西望栗島
早春点描
女像四題
내가좋아하는花草와내집의花草
藥水
EPIGRAM
幸福
가을의探勝處
秋燈雜筆
十九世紀式
倦怠
슬푼이야기
病床以後
東京(遺稿)
얼마 안되는 辨解(혹은 一年이라는 題目)
무제
이 兒孩들에게 장난감을 주라
暮色
무제2
어리석은 夕飯
첫번째 放浪
恐怖의 記錄(서장)
恐怖의 城砦
夜色
烏瞰圖作者의말
文學을 버리고 文化를想像할수업다
文學과政治
나의愛誦詩
아름다운조선말
編輯後記
배의 역사
낙랑 파라의 새로움
아포리즘, 낙서, 기타
동생玉姬보아라

私信(二)
私信(三)
私信(四)
私信(五)
私信(六)
私信(七)
私信(八)
私信(九)
私信(十)

권두언 1
권두언 2
권두언 3
권두언 4
권두언 5
권두언 6
권두언 7
권두언 8
권두언 9
권두언 10
권두언 11
권두언 12
권두언 13
권두언 14

現代美術의搖籃
論壇時感



並べてみただけでも収録テキストの差は圧倒的だ。この書籍のテキスト区分に準じて数えたところ、計132作収録されていた。テキストのほかにも挿絵や卒業文集も収録されている。

 よって日本国内に流通する李箱全集でまだ紹介されていないテキストは91作あるということだ。
 私が出版する前に誰かが日本国内で出版するかもしれないけれど、とにかく今現在はほんのごく一部しか日本国内で紹介されていない。

 そして今回取り上げた二つの書籍においてもっとも重要なのは、紹介されているテキストの数ではない。「何を底本としたか」である。

 底本(そこほん)というのは、翻訳や定本作業にあたり、土台、対象としたテキストを指す。こんな記事を書いておきながら、書籍二つとも手元にないため私は今回その妥当性を追求することができない。

 紹介テキストの数の差はもちろんだが、一番重要な底本をこの二つの書籍がどう扱ったかをみる必要がある。何を基準にその書籍を底本としたのか、底本として決定するだけの強度がある書籍なのかを端的に記述するのがテキストに対してもっとも誠実な態度だと思うが、底本が書かれていない場合もあり得る。私は、それは紹介者の態度としては良くないと思う。なぜなら、翻訳は政治的な側面があると考えるからだ。翻訳の始まりは、公文書の翻訳など政治性が強い地点と深く結びついている。ここで紹介できるほど正確に記憶していないのが恥ずかしいが、昔、翻訳者が公文書をまったく違う風に訳したことにより戦争が起こり、人の命が奪われている。公文書と文学は違うが、原典を示すということは原典への案内であり、完成された翻訳テキストを検証可能性に晒すことを意味する。翻訳者にとっては危険だが、翻訳以前のテキストはそうして読者が訪ねてくることを待っている。読者には、翻訳という架け橋が目の前に架かっている以上、原典テキストと翻訳テキストを比較・検証することができる。翻訳者(紹介者)はその準備までしつらえてこその仕事だと私は思う。


 定本作業日誌ではあるが、日本国内で李箱テキストの紹介状況を知りたい人がいるかなあ、そして、自分でも一度整理してみたくなったのでこの記事を執筆してみた。多分、斎藤真理子先生も崔真碩先生も紹介しているテキストがごく一部であることに対して相当な悔しい思いを抱きながら翻訳されたことと想像する。それを攻撃するのではなく、ただ整理したいという欲求のみでこの記事を書いた意地の悪さを苦笑いしつつ、ふーんと思いながら読んでいただければと思う。

 斎藤真理子訳の方は韓国にきてから出版されたので、詳しく紹介できず引用してしまい大変後ろめたい。が、現状は以上の通りだ。斎藤真理子先生は好きな翻訳者の一人でもあるので早く読みたいのは山々。なんだか日本が遠い。


二〇二四年三月七日執筆、三月一二日更新。


「李箱詩集」の紹介

 先んじて記述した通り、比較は行えないが紹介だけでもしたいのが
「李箱詩集」(李箱著、蘭明訳編、花神社、2004年)である。蘭明氏は李箱のテキスト研究者でもあり、CiNiiなどで論文も確認できる。
 そして”おそらく「李箱詩集」に”収録されているであろうテキストは以下の通りだ。

一九三一年 作品 第一番
与田準一
内科——自家用福音——或ハエリエリラマサバクタニ——
囚人の作つた箱庭
悔恨ノ章
最後
月原橙一郎

肉親の章
街衢ノ寒サ——一九三三 二月十七日ノ室内ノコト——
距離(女去りし場合)
隻脚
骨片ニ関スル無題

計13作収録

 である可能性が高い。蘭明特有のサブタイトルをつけたのだろうか。見覚えのないサブタイトルが補足されている気がする。これが確かに収録されているならば紹介した二つの全集にも収録されていないテキストが日本語訳されていることになる。

〈「李箱詩集」収録テキストリスト参考URL〉
Webcat Plus


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