見出し画像

ドラッグストアで、アイスクリームサンデーを。

アメリカを舞台にした小説を読んでいて、登場人物がドラッグストアでアイスクリームやパイなどを食べるシーンに出会うたび、不思議に思っていた。
なんで、ドラッグストアでこんなものを食べているんだろう?
アメリカのドラッグストアには、そういった飲食コーナーが、あるのだろうか?

ナボコフの「ロリータ」で、ロリータが「けばけばしい映画雑誌」を読むシーンがあるのだがその雑誌の記事に、「有名な若い男優がシュワブのドラッグストアでアイスクリームサンデーを食べて」うんぬん、といったような文章がある。
「シュワブのドラッグストア」とは?と、「註」を見てみると、「サンセット大通りにあった有名な店。三十年代から五十年代にかけて繁盛した。この店には映画人がよくたむろしていたため、さまざまな伝説が生まれた。」とある。
また、シャーリイ・ジャクスンの「日時計」では、家庭教師のミス・オグルビーが、ドラッグストアの「スナックコーナー」で、チョコレートアイスをかけたピーチパイを注文する。
それから・・・ハリウッドとニューヨークを舞台に書かれたパメラ・ムーアの小説「チョコレートで朝食を」では、十六歳の主人公が女優である母親に、今日はドラッグストアでご飯をすませていい?とたずねていたっけ。
それからそれから、クレイ・レイノルズの「消えた娘」では一人の少女が、アイスクリームを買いに行ってくる、と言ってそのまま忽然と消えてしまうのだが、その彼女の行き先は、ドラッグストアだったはず。
そういえば、これは小説の話ではないのだけど、セクシーなセーター・ガールとして一世を風靡した女優のラナ・ターナーがスカウトされたのは、ドラッグストアでソーダを飲んでいるときだった、という伝説もある。

現代の日本に住む自分が知っている、あのドラッグストアとは明らかに違う場所らしい「アメリカのドラッグストア」。
そこで提供される飲み物食べ物について気になりつつ、これまで、そのことについて調べることもなかった。
しかし、ごく最近になって急に、調べる必要ができ、「ソーダと炭酸水の歴史」(原書房)を読むこととなった。

冒頭に記した疑問の答えにたどり着くために、まず、炭酸水の歴史を知らなくてはならない。(その歴史は複雑なのだが、おもにドラッグストアのことにスポットを当てて、書いていく)

炭酸水、というのはもともと、泡を立てて湧き出ていた天然の鉱泉水であった。
その水に治療効果がある、とした科学者の研究によって人工的に炭酸水がつくり出されるようになり、次に、それを薬剤師が薬局で販売するようになっていった。

「薬局と炭酸入りのミネラルウォーターが結びついたきっかけは、単純なことだった。人口炭酸水の配合には正確な技術を要するが、その技術を持つ人材の多くが科学者あるいは薬剤師だったのだ。」

ドラッグストアには、炭酸飲料を製造する設備、ソーダファウンテンが設置された。
そのため、ドラッグストアの一部が、さまざまなフレーバーがくわえられた刺激的な飲み物だけでなく、アイスクリームや甘いパイなども楽しむことのできる空間へと発展していったのは、自然なことだったのだ。
ちなみに、ソーダ・ファウンテンは「炭酸水を提供する場所」のことも意味しており、それは、ドラッグストアだけでなく、さまざまな店の一角に出没するようになるのである。

私がドラッグストアでの飲食のシーンに興味を持ったのは、薬などを販売しているその横で、炭酸飲料を飲んだりアイスクリームを食べてたりしている、というその図が、ちょっとちぐはぐにも、奇妙にも、そして、おもしろくも感じられたからである。
はじめは、薬と同じような効き目がある、とされて売られていた炭酸飲料が、そののち、さまざまなフレーバー、人口着色料、甘味料をくわえられていく、というのも、なんだかおかしい。

人工的な色、人工的な甘さの冷たい飲み物を飲んだり、(そういえばロリータとハンバートのアメリカ横断の旅では、どこへ行っても飲み物はきんきんに冷えていたっけ)、チョコレートアイスのかかった甘い甘いパイを食べる・・・小説を読んでいてそんなシーンに出会うと、私は必ずそのページの角を折り、鉛筆で印をつける。
「日時計」で、ミス・オグルビーがドラッグストアでピーチパイを注文するシーンなど、何度読んだかわからない。
(ちなみに「日時計」では、ソーダファウンテンという言葉は使用されておらず、「スナックコーナー」となっている)
彼女が注文するピーチパイは、日本人が知っているピーチパイとは違うんだろうな。どんなのだろう?もっともっと、甘いのだろうか?ミス・オグルビーはこれにチョコレートアイスをかけてくれと店員に言っているけれど、これも、すごく甘いのでは?そもそも、ピーチパイとチョコレートアイスは相性がいいのだろうか・・・などと、思いながら。

小説で読むアメリカのドラッグストアのソーダファウンテンは、私にとって、ただの飲食コーナーなどではない。
どこか不健康で安っぽい雰囲気もあり、しかし、店によってはスタアに関する噂や伝説が生まれたり、といったこともある、いかにもアメリカ的なを雰囲気を発散している、とても不思議な場所なのである。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?