見出し画像

誰かを愛するということ。
誰かに愛されるということ。

難しい。愛って難しい。難しく考えてしまう。

恋人との愛の形や友人との愛の形、親との愛の形はそれぞれ別物だとなんとなく思っている。

それぞれの愛の形が似ていたり、一緒であればどれだけ楽だろうといつも思う。

どれだけ友達を愛していても、好きな人への愛とはどうしたって違うのだ。
そうすると、どれだけ好きな友人がいても埋まらない心がある。
友人とこんなに贅沢で幸せな関係を築いているのに満たされない心がある。

なんて強欲なんだろうと思ってしまう。
こんなに幸せな関係に恵まれているのに、なんでこんなに寂しくいなきゃいけないんだ。

だからと言って、そう簡単に好きな人も出来ない。
友人と関係を築くのとは訳が違う。
どうしても、私には恋愛が難しい。

私はモテないので、誰かを愛さない事には誰かに愛されることはないのだろうと思っているのだが、そこに対してグイグイと情熱が向かない。
だからいつもヒラヒラした寂しさだけが私を纏う。

大人になるにつれ、好きだけじゃ駄目なことが沢山出てきた。相手は結婚願望がある?早めに結婚したい?子供が欲しい?とかその他にも沢山問題がある。好きだけじゃうまくいかない事がある。

恋人同士の愛が知りたい。
でも結婚はしたくない。子供もいらない。

でもそういうの抜きで、恋愛で、誰かを本気で愛してみたい。この感情は何故湧くのだろう。どうして、親や友人じゃ駄目なんだろう。これが性欲ならば、セフレが出来れば満たされるのか?

愛を知るには誰かを愛さなきゃ無理だよなぁ。
誰かって…誰なんだろうね。
きっと私は待っているだけのロマンチストなんだろうな。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?