ずいぶんと変な頼み方をするのね
「ウォッカに粉砂糖を入れたのを、2杯」男はバーテンダーに目もくれず、カシの木のテーブルを見ながらそう頼んだ。恐ろしく長いテーブルだ。店の端から端まで、一直線に伸びている。そこに継ぎ目はなかった。とてつもなく大きな木を切り出して、職人はこのテーブルを作ったに違いない。その労力を想像するとぞっとした。
「ずいぶんと、変な頼み方をするのね」前から彼には、少し興味があった。彼は私がここへ通うようになってから、毎日やって来ては、ウォッカに粉砂糖を入れた奇妙な酒を2杯飲む。それ以外は何もしない。床を見たり、時々爪をいじくったりしている。
男は私の方を見た。その目は、女なんか初めて見たというように澄んでいて、まん丸い。
「この2週間、毎日来てるでしょ?」
「ああ」
「美味しいの?それ」
「美味いものを毎日飲んでたら、飽きてしまうよ」男はこもった声でそういうと、また目線をテーブルに移した。
次の日も男は来た。
「ウォッカに粉砂糖を入れたのを、2杯」男はまたそう言った。
「ねえ、今日も会ったわね」
「君は毎日ここへ来るのか?」
「そう。暇なのよ」
「なら明日も来よう」男はレザーのジャケットからタバコを取り出して、うまそうに吸った。そしてまた俯いた。
次の日、男は来なかった。代わりに2組のカップルがいた。「ウォッカに粉砂糖を入れたのを2杯」私はバーテンダーにそう注文した。
私はウォッカを飲んだ。酷い味だった。左端にポツンと置かれたジュークボックスからは、ウイングスのアフター・ザ・ボールが流れている。
私は自転車を漕いだ。同じ向きに回る車輪は、私を無理やりにも前へと進ませる。
次の日男は来た。「ウォッカに粉砂糖を入れたのを2杯」
「昨日飲んだけど、それほんとに酷い味ね」
「だから昨日は行けなかったんだ」男はそう言って微笑んだ。声は相変わらずこもり気味だが、目は濁っている。
「そう」私は視線を彼から逸らし、テーブルに落とした。
例えば、自転車の車輪が、お互いに逆方向に回ったら。私は止まったままの状態で、残った人生を消費できるかもしれない。
でもそういうわけにはいかなかった。前輪は止めておかなければならない。静止は死を意味するのだから。
私は一つの方向に進んでいくしかないのだ。あの男は、おそらくあのバーでこれからもウォッカを飲み続ける。私は自転車を漕ぎ続ける。
それだけの話だ。
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