マイコ

線分とは人生であり、直線とは希望であると誰かが言った。至言だと、男はそう思いながらコーヒーを飲む。酷く薄い。
男はテレビのダイヤルを回した。しかし、その直方体は雑音を吐き出すだけだった。俺の人生はこのダイヤルだ。と男は思った。両端のない線分。始まりと終わりは同じところにある。

隣の部屋から、包丁がまな板にあたる音が、規則正しくやってくる。音だけで、料理をやりなれているのが分かる。男はテレビのコンセントを引っこ抜いて、その音に耳を傾けた。

黒髪の、日系の女。名前はマイコと言った。長く艶のある黒髪は、頭から一直線に肩へ落ちている。男と同様、女も1人で暮らしていた。

マイコは、日本ではゲイシャとほとんど同じ意味なんですよ。と彼女はそう言って笑った。女は男のためにわざわざ日に焼けた写真を持ってきて、これがゲイシャ。と指を刺した。

真っ白い肌。艶のある黒髪。赤い目尻。そして派手なキモノ。それしか無かった。実に単純なパーツの組み合わせ。それ故に、ゲイシャは完結しているのだ。

どうしようもなく欠けていると感じるんだ。一つ一つ見れば単純なことのはずなのに、どうしてか見落としてしまっている。

皆がそうです。

ゲイシャもそうなのか?

ええ、もちろん。ゲイシャも、マイコも。女はそう言って微笑んだ。鼻の両側に皺が寄っていた。

線分とは人生であり、直線とは希望であると誰かが言った。

誰が言ったの?

忘れちまったさ。

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