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21世紀のベートーヴェン像:クルレンツィスによせて

世界中で最もホットな指揮者

いま世界中を見回して最も熱い指揮者はテオドール・クルレンツィス。ギリシア出身の凄い指揮者。

インターネットが我々の生活の一部と化した21世紀、音楽鑑賞において映像美も大切で、YouTubeなどがあればクラシック音楽など実演で聴く必要もないなどという輩もいる始末。

それだからこそ、演奏会は一期一会の舞台であるべき。舞台でしか、実演でしか聴けない「経験できないもの」が必要なのです。

音が表象する世界を踊りやレーザー光線などで舞台上で表現するといった試みが世界中でなされています。心象風景の視覚化ともいえます。そうした試みを続けていて最も成功している例が彼なのです。

音楽学者の岡田暁生先生もクルレンツィスを絶賛しています。

ベートーヴェンではないですが、先月、わたしが実演で聴いたシェーンベルクの浄夜は、ダンサー付きで様々な光が交錯する不思議な舞台においての演奏でした。このクルレンツィスのベートーヴェン第5に似ていました。

クルレンツィスとムジカエテルナ、立ったまま奏でる弦楽器奏者などから見受けられるように演奏スタイルも極めて斬新で、出てくる音も全く独特なもの。

ベートーヴェンが楽譜に書き込んだメトロノーム指示通りの速さで強弱と明暗のコントラストを際立たせたリズムの饗宴。一世代前の古楽器演奏のスタイルをモダン楽器で再現するといったサイモン・ラトルなどのスタイルの進化版。何度も聴いて当たり前の音楽になってしまった第五交響曲が新たな音楽としてよみがえったかのようです。

第五交響曲演奏にも変遷があり、質問者様がお好きな、カルロス・クライバーのような快速で推進力のあるスポーツ的な演奏がそれ以前の19世紀風な重いスタイルの演奏を一新したのですが、古楽器演奏の台頭より、モダン楽器での演奏人気が凋落し、古楽とモダン楽器の融合型がうまれ、そして21世紀のインターネットの映像の時代になって視覚的な演奏体験を売り物にする新たな第五交響曲演奏が生まれようとしているということでしょうね。

まとめると、歴史的な流れとしては:

<1>19世紀風劇的スタイル(楽譜よりも伝統に基づいて解釈するスタイル、テンポ激変、非常に面白い解釈):

メンゲルベルク、フルトヴェングラー、バーンスタイン、チェリビダッケなど

<2>20世紀風即物的スタイル(楽譜に書かれたままと主張するが、伝統無視のために時には非常に主観的)

トスカニーニ、シューリヒト、カラヤン、クライバー、ムラヴィンスキー、クレンペラー、ベームなど

<3>古楽器スタイル(18世紀19世紀の楽器を再現して当時のスタイルを音楽学者がこうであろうと考えたスタイル・速くて軽い)

アーノンクール、ホグウッド、ブリュッヘン、ガーディナー、インマゼールなど

<4>古楽スタイルと20世紀スタイルの折衷型(リズムの強調、モダン楽器のためによく広がる響き)

アバド、ラトル・パーヴォ・ヤルヴィ、プレトニョフ、バティス、ジンマンなど

<5>21世紀型(模索中:映像美をも取り入れた総合芸術型・上記全てのスタイルを組み合わせたもの)

クルレンツィス、ダウスゴー、そしてこれから彼らに続く若手指揮者
と言ったところでしょうか?

アメリカのバーンスタインはいわゆるコスモポリタン型ですが、晩年の大見え切るような主観的解釈はまさに19世紀風です。もちろんたくさんの指揮者の演奏がこれらのスタイルの中間型でもあります。

わたしはこれらをすべて聴いて、それぞれに楽しめましたが、一番好きなものと問われれば、これですね。

この熱狂しない静まり返った空間に鳴り響くピアノ版の第五交響曲、時代を超越しています。血沸き肉躍るといったベートーヴェンからは最も遠い純粋な音の戯れ。クルレンツィスの異教的世界のような熱狂の対極にある演奏。

動のクルレンツィス & ムジカエテルナの正反対な静のグレン・グールド。これが21世紀の両極端なベートーヴェン像なのだと私には思えます。グールドがこの世を去ったのは1982年。彼の音楽は2021年の我々にもいまなお斬新なものです。まさにVisionary!

だから一番好きなオーケストラでの演奏は、と問われればこれから舞台で見て聴く演奏です、がわたしの答えです。クルレンツィスは先駆者で、これから彼に続く凄い才能が現れるはず。21世紀のこれから、新しいベートーヴェン像が生まれるはずです。

それぞれのオーケストラに、もちろん個性があるのですが、オーケストラの表現を主導するのは指揮者です。わたしは指揮者中心にオーケストラ音楽を鑑賞します。

オーケストラ主体で聴くならば、フランス・スイス・ベルギー系の伝統を受け継ぐクリュイタンス、アンセルメ、ミュンシュやモントゥー、カンタービレなイタリア系ジュリーニやムーティなどが指揮したもの、いわゆるドイツ系でないものが愉しいですね。ホルンや木管の音に個性を聴くのはクラシック音楽を聴く醍醐味です。いろんな第五交響曲演奏があるのがいい、私はそう思います。

ほんの小さなサポートでも、とても嬉しいです。わたしにとって遠い異国からの励ましほどに嬉しいものはないのですから。