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パガニーニの音楽(4): 音楽の織物

ペルシア絨毯を眺めるが好きです。

ラグ Rugの専門店などを訪れることは楽しいですね。幾何学模様には不思議な美しさが備わっているのです。

数学的な人工美。

こうした美学を極めたのは、中東アラブの文化。

イスラム教の教えは偶像崇拝を厳格に禁じるので、人物像を刺繍して描き出したりすることは禁忌です。ですので、中東では幾何学的な紋様を衣裳や絨毯や建築物の内装に施したのです。

幾何学模様はアラベスク Arabesque とも呼ばれます。まさにアラブ様式 Arabicaの美学だからです。

アラベスクの糸の綾があまりに見事に微妙に移り変わる時には、あまりの美しさに見惚れてしまいます。

華麗に繰り返される幾何学模様は目にとってのご馳走。

アラベスクの反復される複雑な幾何学模様は音楽的です。

ルネサンス期からバロック期に作られた多くの器楽曲はアラブの幾何学模様を思わせるものです。

繰り返される同じ音型が微妙に変化してゆきます。

音楽的には長調と短調を区別する三度の音を下げたり上げたりして哀愁漂わせる平行短調に転じたり、セカンダリードミナントと呼ばれる属調の和音を借りてきて別の色彩を織り込んだりします。

こういう音楽は幻想曲とも呼ばれましたが、アラブ様式の色とりどりの絨毯を見ている時のような感興を呼び起こすが故に、アラベスクとも呼ばれるようにもなりました。

わたしの大好きなドイツロマン派のDAI作曲家ローベルト・シューマンの作品18は、まさに音のアラベスク、音の織物です。

同じ音型が何度も少しずつ響きを変えてゆき、一拍ごとにニュアンスが変化してゆく様は万華鏡のようです。

イスラム教のモスクやアラビア絨毯のアラベスクを眺めていると、時の経つのも忘れてしまいます。

世界で最も音楽的な美術。

このような美しい幾何学模様を見ると、音楽ではバッハのチェロのための無伴奏組曲を思い浮かべます。

長年、退屈な練習曲だとみなされていた作品が、二十世紀に現代的チェロ奏法を確立したスペインのパブロ・カザルスによって、芸術的な作品として認知されるに至りました。

ト長調のドミソの分散和音から始まるこの曲は音によるアラベスクの最良の例ですね。

楽譜を眺めていると本当に幾何学的な美で譜面が溢れていることに感動します。

同じパターンのフレーズが終わりなく繰り返されてゆく
それなのに本当に美しい

音楽がアラブ美術の幾何学様式を模倣しているのでしょうか。

バッハの平均律曲集第一巻のハ短調前奏曲もまた、アラベスクな音楽。

お聞きになられると理解されると思いますが、音楽的なアラベスクの美は、非常に技巧的な美なのです。

バッハの器楽的音楽があまりにも美しいのは、バッハが音の織物の最高の創作者だからです。

アラベスクのような音楽は音楽技巧の極みとも言えるものなので、音楽的技巧をサーカス芸のように聞かせる音楽というものも存在します。

音楽演奏は視覚的に魅せるショーでもありえるのですから。

そういう音楽の代表に、無窮動曲と呼ばれるジャンルが存在します。

似たような音型のフレーズをそれこそ永久機関のように繰り返してゆくのですが、名手の腕にかかると、視覚的に面白いのです。

ベートーヴェンのテンペスト・ソナタのフィナーレなどはそういう音楽の代表とも呼ばれますが、永久機関関音楽の最高傑作はヴァイオリンの鬼才、ニコロ・パガニーニの作品11です。

作品は、Moto Perpetuoと名付けられています。イタリア語を英語に訳すと、Perpetual Motion、まさに永久機関という意味です。

さて、パガニーニの名作は、ものすごい超絶技巧を持ち得た演奏家にのみ、演奏可能。

技巧的に完璧でないと退屈なだけ。

オリジナルはヴァイオリンによって奏でるために書かれましたが、あらゆる楽器によって演奏される曲でもあります。パガニーニほどに演奏家の演奏意欲を煽る音楽家の音楽も多くはないのです。

チェロでも

フルートでも

エレキギターでも

クラリネットでも

トランペットでも

ありとあらゆる演奏家が演奏したくなる音楽、それは音の織物としてパガニーニの音楽が優れているから。

音階だらけのようで、音楽は少しずつ微妙に色合いを変容させてゆきます。
幾何学的なパガニーニの楽譜

わたしは歌が大好きですが、人の声で歌えない音楽には、歌が伝えることのできない独特の美学があることをずっと昔にパガニーニの無窮動曲アラベスクから学びました。

歌ではない、人声では再現不可能な音楽美。

インストルメンタルなミュージックだけが感じさせてくれる音楽の素晴らしさ。

それがアラベスクを見たり聴いたりする醍醐味です。


上記のバッハの平均律曲集のハ短調アラベスク。

素晴らしい音楽なので、二十一世紀になってゲーム音楽の作曲家が、より現代的なロマン派的なリリックな楽曲に、Luo Niという方がこのハ短調前奏曲をト短調に編曲しました。

バッハの厳格な音の織物がポップな装いの横糸を得て、よりロマンティックな装いを得たのです。

あるSNSで親しくなった方に教えていただいて以来、わたしの愛奏曲です。彼女に感謝して止みません。

バッハにパガニーニの音の織物。たくさんの方に親しまれると幸いです。

ほんの小さなサポートでも、とても嬉しいです。わたしにとって遠い異国からの励ましほどに嬉しいものはないのですから。